#212 『夜の畑にて』
僕がまだ中学生だった頃の話だ。上に兄が三人いるのだが、何故か二番目の兄とウマが合い、他の兄弟よりも仲が良かった。
二番目の兄はタツヨシと言う名前だったので、僕はいつも“タツ兄”と呼んでいた。
ある夏の日、「ケンジ、今夜裏の畑ば忍び込んで、スイカぁ盗っちゃるぞ」と、タツ兄が僕に話し掛けて来た。もちろん僕は頷いて、どんな計画で行くかで盛り上がった。
深夜、家族の全員が寝静まったのを見計らい、計画は開始された。タツ兄とは玄関で落ち合い、こっそりと音も立てずに家を出た。
スイカを盗むと言う事に罪悪感を持たない事は無かったのだが、それ以上にスリルと、非日常的なこの計画に惹かれたのだ。僕はタツ兄の背中を追い掛け、近所の人が育てているスイカ畑の中へと分け入った。
月が白々と辺りを照らす、明るい夜だった。屈んだ姿勢で畑の中央辺りまで来た頃、タツ兄が「止まれ」と小声で言う。どうしたものかと思えば、「誰かいる」と、遙か前方を指さして言うのだ。
見れば確かに誰かがいた。向こうもまたスイカを盗りにでも来ているのか、中腰の姿勢で畑の中を彷徨っている。
「ケンジ、計画ばぁ変更だ」とタツ兄は言う。スイカ泥棒あらため、泥棒退治にしようと言い出したのだ。
もちろん僕はその案に乗った。当時はかなりやんちゃだった頃なので、僕も兄も体力は有り余っていたのだ。しかも泥棒よりは、捕まえる立場の方がずっといい。僕とタツ兄はその泥棒を挟み込むようにして近付き、兄の合図で一斉に飛び掛かる手はずだった。だが――
女性だと、僕は思った。そしてそれはタツ兄も気付いたらしい。長い髪を垂れて、スイカを抱え込むようにしながら畑の中でうずくまっている。結局飛び掛かる事はせずにその女性へと近付くと、「そこでなにしちょう?」と兄が声を掛けた。だが、応えは無い。女性は黙ってそこに座り込んでいるだけ。
「なんばしちょうか」ともう一度声を掛ける。すると女性の方から「バリン!」と音がして、それに続いてバキ、ベキと破壊音が続く。最初は何の音なのか分からなかった。だがその内、ガツガツ、ジュルルと、咀嚼音や汁を啜る音となり、ようやくその女が「スイカを食べている」と言う状況が理解出来た。つまりは自らの歯でスイカの皮を噛みちぎり、食っているのである。
さすがにヤバいと思った。僕と兄は慌ててその場から逃げ去り、家へと帰って布団へと潜り込んだ。
翌朝、僕とタツ兄は遠巻きにしながら例のスイカ畑へと近付いてみた。もちろん女はいなかったのだが、畑の隅に捨てられていた腐ったスイカのいくつかは大きな円形の穴の開くスイカで、どれも皆、“同じ人の犯行”だなと僕とタツ兄はそう呟いた。
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