#205 『白羽の矢』
我が家の天井には、一本の白羽の矢が刺さっている。
大梁、小梁(おおはり、こはり)が複雑に組み合わさりながら、天井はおそろしい程に高い。聞く話では、昔の日本家屋は皆そんなものだったと言う。そんな梁の間を縫って懐中電灯を真上に向けると、天井の一番高い辺りにぼんやりとそれが見える。羽根の白い一本の矢だ。
祖父が言うには天保の終わり(1845年)頃からそこに刺さっているものだと聞いているらしいが、実際の所は少し怪しい。
「呪いの矢だ」と、祖父は言う。見ればその矢柄の中程には結ばれた文(ふみ)のようなものが確認出来る。だがその文の内容は誰も知らない。
僕が高校に入った頃の事だ。たまたまその矢の事が話に上った際、「あの文に何て書かれているか見てみたい」と無茶な事を言ってしまった。すると何故か祖父も、父も、母すらも反対せずに、「登って見てくればいい」と言う。
「でもあれ、呪いなんだろ?」と聞けば、「良くわからん」と返される。どうやらあの文の内容については家族の誰もがそれなりに関心があるらしく、僕が登るのならば是非見てみたいと言った印象もあった。
結局、僕は登った。かなりの高さなのだが大変なのは最初の梁までで、そこまで登ってしまえば後はもうジャングルジムのような感覚で、梁から梁へと移り登って行くだけだ。但し長年降り積もった埃にはとても苦労させられた。ほとんど天井の大掃除も兼ねた冒険である。
やがて、最頂部へと辿り着いた。矢は天板にがっちりと食い込んでおり、どう見ても抜けそうには見えない。とりあえず僕はそっとそこに結ばれている文を解き、中を見る。だが――
「読めない」と僕が言うと、「じゃあそれ写真に撮って来い」と、下から親父の声がする。
あまりにも達筆過ぎる毛筆書きの文をスマホのカメラで収め、もう一度同じように結ぶと、僕はまた同じようにして下へと降りた。
翌日、僕は国語の先生にその写真を見せて、「読めませんか?」と問う。すると先生は、「時間は掛かると思うけど、やってみる」と引き受けてくれた。
更に翌日、その先生から、「あれはどこで見付けたものなの?」と聞かれ、素直にそこまでの経緯を話した。すると先生はパッと明るい表情となり、「なるほど、面白い」と笑う。
書いていた内容とは、現代の言葉で以下のようなものだった。
“子孫へとこれを残す。読んだら再び元のように戻すよう。我と同じ血を引きし、好奇心のあらん事を望む”
ようやく分かった。これは天保の頃から続く、相伝の悪戯なのだと。そういえば祖父も父も、他の家族もまた、僕があの文を読みたいと言い出した時、少しだけ含み笑いをしていた事を思い出す。結局、「知らない」と言いながら、家族の誰もが文の内容を知っていたのだ。
あれから十数年。僕には新しい家族が出来た。ある時、小学生になる息子がぼんやりと天井を見つめながら、「何かあるよ」と僕に教えて来る。
なるほど、確かにこれは呪いだと僕は思う。ただ白羽の矢とは通常、屋根の表側に刺さるものであり、内側にあるのはおかしいものだと今更ながらに気が付いた。
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