#204 『赤い踏み切り』
近年、“青い踏み切り”と言うものが増えているらしい。照明に青い色のLEDライトを使っているだけなのだが、その色に電車への飛び込み自殺を抑制する効果があるのだと言う。
そう言えばと思い出す。我が家の近辺にも一つ青い照明の踏み切りがあるのだが、何故かその時々で色を変える奇妙な踏み切りなのだ。但し色を変えると言っても七色に変化するとかそう言う感じではなく、普段は青だがたまに赤い色に染まる時があるのだ。
深夜の帰り道、寝静まった住宅街を赤い色で染まる踏み切りはとてつもなく気味が悪い。しかも赤い色で染まっている時に限って、踏み切りの向こう側に“誰か”が立っているのだ。
当然、赤い色の時は渡らない。いくら仕事で疲れていても、もう一本先の踏み切りまで行って渡るようにしていた。
ある深夜帰りの事、例の踏み切りへと差し掛かると、青い照明なのを確認してからそこを渡り始める。だが中間ぐらいまで渡った辺りで突然警報が鳴り、間髪入れずに遮断棒が降りて来る。私は慌てて駆け出したが、後数歩で渡りきろうと言う所で気付いた。照明が赤いのだ。
振り向くが、背後の方は既に遮断棒が降りきっている。引き返せばまだ間に合うかと考えたが、足を伝って来る振動と電車の音が、危険を知らせていた。
やむなく私は、渡りきった側の道路へと立つ。数秒を待たずに背中側を電車が通過して行く。あぁ、とうとう渡ってしまったと悔やみながら気が付く。どうして終電も過ぎたであろうこんな時間に電車が通るのだと。振り返って見上げれば、通過して行く電車の車内はやけに薄暗く、しかもすし詰めな満員電車状態だ。私はそれを見ながら、自分は今、完全に“別の場所”へと来てしまったであろう事を自覚する。
電車は一体何両あるのか、全く途切れる様子が無い。延々とレール音を響かせて目の前を通過して行くだけ。ふと気付けば少し離れた場所に立つ、“誰か”の存在に気付いた。例の赤い照明の時だけ立っているあの存在だ。
その“誰か”は、女性だった。車窓の明かりを顔に受け、たじろぎもせずに呆然とそれを見送りながら、私に話し掛けて来た。
「今帰らないと、戻れなくなりますよ」と。彼女が何を言っているのかは何となく察しが付いたが、どうにも戻りようが無い。私が困っていると、「停めましょうか」と女性は言って、遮断棒を押し上げて踏み切りの中へと飛び込んで行ってしまった。
それは一瞬の事で、引き止める間も無かった。気が付けばそこは、いつもの寝静まった青い踏み切りだった。電車など走ってもおらず、飛び込んだであろう女性の姿も無い。私は慌てて踏み切りを取って返し、もう一本先の踏み切りから渡って家へと帰った。
これは後になって気が付いた事なのだが、自殺防止の為に青い照明を付けると言う事は、元よりそこで自殺者が相次いだと言う意味ではないかと想像する。
以降、時々、あの時助けてくれた女性が立っていた辺りに、花束を添えて帰る時がある。何故かあれからもう二度と、赤い照明の夜には遭遇してはいない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます