#202 『手品』
昭和四十年代頃の話だ。東京の墨田に、“ジロおんつぁ”と呼ばれた男性がいた。
ジロさんはいわゆる“ヤクザ崩れ”と言う分類の人だったらしいのだが、別段、全く怖い所も無くむしろ人当たりの良い温和な感じの人だった。いつもサイズの合わないダブついた大きな服を好み、朝から酔っ払って歩いていた印象が強い。
ある日突然、ジロさんは手品に目覚めた。とは言ってもさほどレパートリーを持っている訳でも無く、出来る芸は一つだけ。服の下からもう一本手が出て来て、何かを掴んでまた引っ込ませると言うもの。観客に何か金品を要求しテーブルの上に置かせると、自らの両手もテーブルの上に置いたまま、もう一本の腕が服の下から伸びて来てその金品を奪って隠すと言う芸当だ。
「種も仕掛けも無いよぉ」と、服をめくれば確かに何も無い。それが不思議で、次々と人はジロさんの目の前に金品を置くのである。
その手品のおかげで、界隈ではそこそこに有名となった。だがそれも長くは続かない。ある日、ジロさんは他殺体で発見された。どんなトラブルがあったのかは知らないが、腹部を数カ所刺された上に腹を縦に大きく切り裂かれ、絶命したらしい。
後で聞いた話だが、ジロさんのお腹には、一緒に産まれて来る筈だった双子の片割れが育つ事なく入っていたそうだ。
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