#196 『四ツ目』
彼氏の運転する車に乗り、地方へと観光旅行に出掛けた時の事だ。
その日の宿泊はラブホテルにした。旅館に泊まるよりも安いし、サービスも充実しているからだ。
部屋に入った時、何故か他人に怒鳴られたかのような、びくんと首をすくめたくなる感じの瞬間があった。それに何故かしら、部屋が見た目よりも狭いような気がした。都内にあるような狭いホテルの一室とは違い、かなり広めな空間であるにも関わらずに。
普段ならば彼氏もムード作りに励んでくれるのだが、何故かその日は買い込んで来た酒をガンガン飲み干し、あっと言う間に酩酊してしまう。仕方なく彼氏をベッドに追いやり、私は浴室へと向かったのだが、やはりそこも不思議と落ち着けなく、どこか「申し訳ない」と言った気持ちになってしまうのだ。
寝る準備を整え、私もベッドへと向かおうとした時、部屋の入り口辺りからギシギシと音が聞こえた。だが見れば何も無い。その瞬間、背後で彼氏が悪夢でも見ているのか大声でうなされ始めたのだ。
「怖い夢見てた」と言いながら、再び寝てしまう彼。私もその横に寝てしばらくは寝付けずにいたのだが、いつしかうとうとと夢を見始めていた。
夢の中で、彼がルームサービスの生ビールを二つ注文する。やがてそれが届き、彼が受け取りに向かう。と同時に彼の悲鳴。早く逃げろと叫ぶので、私は急いで浴室へと向かった。そこからはあまり覚えていないのだが、確かに彼以外の人間が部屋に侵入して来たと言う所は覚えている。やがて浴室に逃げ込んで来た彼氏と一緒に、宙吊りになる第三者の姿を見ていた。その男は部屋の入り口付近にロープを吊るし、そこで首を吊ったのだ。
次に起こされたのは私だった。彼氏が「ひどいうなされようだった」と、私を揺り動かしていた。そして私が夢の内容を話せば、どうも彼氏が見た夢と酷似しているらしく、違う点は、彼氏は夢の中の“彼”視点。私は“彼女”視点でそれを見ている事ぐらい。
「もしかしてその夢って、過去にこの部屋で実際にあった出来事なんじゃない?」と彼氏は言う。そしてそれは私も同じ意見だった。
だが夢の最後がおかしい。襲われた私達がどうして襲って来た人間の自殺するシーンを見ていたのか。
「夢の最後に出て来る、自殺体の吊されている位置から考えるに――」と、彼氏は、自らが寝ているベッドの下の方へと視線をやる。それもまた私も同感だった。
嫌だなぁとは思ったが、私達は二人でそっとベッドの下を覗き込んだ。そこには光に反射して光る、“四つの目”が見えた。要するに、ベッドの下に潜り込み、部屋の入り口を睨む二人の目の合計である。
その後、大騒動の末、店員からその部屋で起きた事件の内容を聞いた。ルームサービスで呼ばれた店員が意味も分からず発狂し、浴室に逃げ込んだ客二人を刺してベッドの下に押し込み、自らもここで首を吊ったと言うのだ。
なるほどとは思ったのだが、私が最も怖かったのはその話の結末だ。
「別に誰もこの部屋では亡くなっていないので、部屋の封鎖はしておりません」と言う。
「客二人は刺されはしたものの、怪我だけで済んだ」と言うのだ。しかもベッドの下には、本人達が自発的に逃げ込んだ様子もあったと言う。そして首を吊った従業員もまた、異変に気付いて駆け付けた他のスタッフに助けられたらしく、死んではいない。
事件の発端は、彼女がいたためしの無い従業員の男性が、偉そうな態度でルームサービスを頼まれた事に腹を立てての犯行だったらしいのだが、誰も亡くなってはいないと言うのに、部屋に残る三人分の残留思念の大きさは半端じゃないなと私は思った。
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