#192 『沈んだ地下室』
台風が直撃したその翌日、地元でも多くの被害が出ていて、その日は朝から大騒動だった。
我が家でも瓦屋根が落ちたり床上浸水した箇所などもあり、まだ小学生だった僕は「邪魔だから」と言う理由で離れにある祖父の書斎に追いやられていた。
書斎と言っても本棚が並んでいて、いかにもな書庫然としている訳ではない。ただ単に、生前の祖父自身が“書斎”と呼んでいたからその名が付いたと言うだけの、粗末な小屋である。
書斎は母屋の裏手から松林の中へと分け入り、少し坂を上がった辺りにある。木々にすっぽりと埋まっている為に、そこに建物があるとは気付かないレベルの小さなものだ。
扉を開けると、書斎は浸水も無かった様子で普段となんら代わり映え無かった。僕はいつもの揺り椅子に腰掛けてぼんやりとしていた。するとどこから聞こえて来るのか、時折、「ゴン、ゴン」と、鈍い音が響いて来る。だがその音の原因が分からない。近いようで遠く、どっちの方向から鳴っているのかも掴めない。だがしばらく耳を澄ませ、ようやく僕は察しが付いた。急いで部屋の中央に敷かれている絨毯をめくれば、確かに音はそこで鳴っていた。
探って行けば、ちょうどテーブルが置いてある真下辺りに、真四角の蓋のような部分を見付ける。僕はそれをこじ開けると、そこには目を疑う光景があった。
急いで父を呼びに行く。そうして父もまたそれを見て驚きの表情を見せた。その床の下にあったのは地下へと続く空間で、しかもそれが床の真下まで浸水したが為、階下から浮いて上がって来たのだろう椅子の背が、床を叩いて音を立てていたのだ。
台風が直撃したその翌日、地元でも多くの被害が出ていて、その日は朝から大騒動だった。
我が家でも瓦屋根が落ちたり床上浸水した箇所などもあり、まだ小学生だった僕は「邪魔だから」と言う理由で離れにある祖父の書斎に追いやられていた。
書斎と言っても本棚が並んでいて、いかにもな書庫然としている訳ではない。ただ単に、生前の祖父自身が“書斎”と呼んでいたからその名が付いたと言うだけの、粗末な小屋である。
書斎は母屋の裏手から松林の中へと分け入り、少し坂を上がった辺りにある。木々にすっぽりと埋まっている為に、そこに建物があるとは気付かないレベルの小さなものだ。
扉を開けると、書斎は浸水も無かった様子で普段となんら代わり映え無かった。僕はいつもの揺り椅子に腰掛けてぼんやりとしていた。するとどこから聞こえて来るのか、時折、「ゴン、ゴン」と、鈍い音が響いて来る。だがその音の原因が分からない。近いようで遠く、どっちの方向から鳴っているのかも掴めない。だがしばらく耳を澄ませ、ようやく僕は察しが付いた。急いで部屋の中央に敷かれている絨毯をめくれば、確かに音はそこで鳴っていた。
探って行けば、ちょうどテーブルが置いてある真下辺りに、真四角の蓋のような部分を見付ける。僕はそれをこじ開けると、そこには目を疑う光景があった。
急いで父を呼びに行く。そうして父もまたそれを見て驚きの表情を見せた。その床の下にあったのは地下へと続く空間で、しかもそれが床の真下まで浸水したが為、階下から浮いて上がって来たのだろう椅子の背が、床を叩いて音を立てていたのだ。
水で埋まったその穴には、かなり奥まで続く階段までもが見えた。父は迷った挙げ句、近所に住む叔父を呼び、見てもらった。そうして出た結論は、「この件は黙っていろ。決して誰にも言うな」と言うもの。それから父と叔父は他の人の目を盗んでなんとか小細工をしたのだろう、しばらく経って僕がその書斎へと足を運んでみると、床板は全て取り替えられ、新しいものに生まれ変わっていた。
それからも何度か、「決してあの事は誰にも言うな」と父や叔父に念押しされたのだが、結局、僕がその当時の父の年齢ぐらいになるまで、その件については不問とされていた。
やがて叔父が他界し、年老いた父とたまたま二人で飲む機会があった時に、向こうからその話を振って来た。
「爺ちゃんなぁ、もしかしてなんだけど、あの辺一帯に出没したって言われる“墓荒らし”だったのかも知れないんだよ」と、父は言った。
最初にそれを疑ったのは祖母だったらしい。だが証拠も無ければ荒らして奪った金品を隠す場所も無い。従って、“疑う”以上のものは無かったのだが、僕がそこにとても怪しい空間を発見してしまったからこそ、父と叔父は必死にそれを隠す事にしたらしい。
「地下には何があったの?」と僕が聞けば、「俺と母ちゃんが亡くなったら、自己責任で掘り返してみればいい」とだけ、父は言った。
この話は“怪談”と呼ぶにはいささか趣が違うが、なかなかに味のある話だったので掲載するに及んだ。
語り手の男性は、今もまだその書斎の床を掘り返すには至っていないらしい。
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