#191 『後ろ』
我が家は近所の人達から、“幽霊屋敷”と呼ばれている。
理由はごく簡単だ。引きこもりだった兄が、自室で首を吊ったのだ。それ以降、兄の部屋の窓から人影が覗くだの、家の中を足音だけの幽霊が歩くだのと、近所では勝手な事ばかり噂されているらしい。
不愉快だが、笑えない環境でもある。なにしろ兄が使っていた部屋は家族であっても気味が悪いもので、今以てそこは誰も使わず、当時のままで残されている。僕は時々、兄の持っていたゲームや漫画を借用するために出入りしているのだが、入れば何故か妙に居心地が悪く、長居が出来ない。特に夜などは、兄の部屋の前を通って自室へと向かうだけでも勇気が要るぐらいなのだ。
ある日の晩、家族は全員出払って、家には僕一人だった。すると窓の外から子供のものらしき声が聞こえて来る。何事だと二階の自室の窓から外を覗けば、家の前の通りで小学生らしき男子達が五、六人、兄の部屋であろう場所を指さして騒いでいるのである。
バカヤロウ、ウチは見世物じゃねぇんだぞと腹が立ち、「何してんだよ」と窓を開けて文句を言ってしまった。言えばすぐに逃げるだろうと思ったのだが、予想に反してその小学生達は、「ねぇ、誰かいるよ」と、尚も兄の部屋を指さして僕に言う。
そんな馬鹿なと思いつつ窓から顔を出せば、中は見えずとも確かに隣の部屋に電気が灯っているのだけは分かった。だが無人の部屋に照明が点いている訳が無いし、家中の人が出払っている以上、人影がある訳が無いのだ。僕はすぐに部屋を飛び出し、隣の部屋のドアを開けた。
部屋には確かに電気が灯っていた。普段は閉めている筈の窓のカーテンが、空いているのが見えた。僕は窓へと近寄り下を覗く。すると小学生達はまだそこにおり、何かを僕に向けて叫んでいるのが分かった。
窓を開ける。「どうした?」と聞けば、小学生達はまさに僕の方を指さして、「後ろ! 後ろ!」と叫んでいるのだ。
瞬間、ゾクリとした悪寒が背中を走る。――いる。と、咄嗟に確信する。
あまりの怖さに後ろを振り返る事が出来ないまま、僕はひたすら壁方向だけを向き、そして壁伝いに部屋のドアまで辿り着き、廊下へと出たのだ。
相変わらず近所の人間は、我が家を幽霊屋敷と呼ぶ。そして今では僕もそう思っている。
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