#181 『線香の家』

 我が家では自宅に隣接し、仏具屋をひらいているのだが、最近ちょっとおかしな客が来るようになった。

 それはとても疲れた顔をした中年男性。いつも野暮ったい服装で店にやって来ては、店に置いてあるだけのありったけの線香を購入して行くのだ。

 最初はお寺かどこかの人なのかと思っていたが、そうではないらしい。「そんなに沢山、どうされるのですか?」と聞けば、「家で使うんです」と、男は答えた。

 ある日の事、またしてもあるだけの線香を売ってくれと来たので、余計なお世話だとは思ったのだが、「祖母が霊媒師やっているのですが、良ければご相談乗りましょうか」と話してしまったのだ。するとその男、晴れ晴れとした表情になって、是非お願いしますと言う。話してしまった手前、私が祖母にその事を電話で告げると、祖母は急いで店にやって来てくれた。

「家に男の霊が出るんです」と、男は言う。家中、あまりにも頻繁に出現するので、嫁と息子は実家へと帰ってしまった。今は私一人だけなのだが、毎日その霊に困らされているのだと語る。線香を焚くのは、前に相談した霊能者が、「線香を絶やさず焚きなさい」と教えたからなのだと言う。

「そんなエセ霊能者の言う事なぞ聞くな」と祖母は言い、今からその家に行くと言い出す。私は少々不安であったが、祖母は結局、その男の運転する車で行ってしまった。

 夕刻、祖母はタクシーで家に帰って来た。そして開口一番、「前に視てもらった霊能者の言う通り、線香焚くのが最良だった」と言い出す。私は何があったのかを訊ねたら、男の家はどこの部屋も鏡だらけだったらしい。姿見から三面鏡、手鏡やステンレス板までもが部屋と言う部屋に置かれ、全てが部屋の中心に向いていたと言う。

「おそらく男の霊と言うのは、その鏡に写った自分自身の事だろう」と祖母は言った。だからこそ、線香の煙でそれを見えなくしろと言う話らしい。

 だが祖母は、怖かったのはそこじゃないと言う。「子供どころか奥さんの存在も無かったよ」と祖母は話す。なにしろ家の中には、鏡以外の家財道具は一切見当たらなかったのだと聞く。

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