#180 『真冬の帰り道』

 友人の家から帰るのに少々遅くなり、ついつい終バスを逃してしまった。

 田舎のバスはとてもシビアだ。一時間に一本しか無い上に、終バスはやけに早い。特にこんな真冬の季節に逃すバスはかなりの痛手だ。俺は仕方なく街灯もほぼ無い雪道を、延々と家に向かって歩き始めた。

 俺の住む場所は、東北でもかなり雪深い地方だ。降雪量の多い時は家の一階部分はほぼ埋まり、毎朝、雪掻きをしなければ家から出る事すらも叶わない。今歩いている街道も、除雪車が掻いて避けて行く雪が両端に高く積み上げられ、雪の壁の中を歩かされているような気分になる。

 片道、約一時間ほどの距離。俺は白く濁る溜め息を吐きながら歩く。その時だった――

 前方に、人が立っていた。距離にして約二十メートルぐらいだろうか、街灯の明かりの下、後ろ姿なのだが男性と分かる、人影があったのだ。

 ただ、一目で異常と分かる姿だった。男は下着すらも履かない裸体で、まるで温泉から上がったかのように頭からだらりと濡れたタオルを下げている。そんな姿だったのだ。

 俺は慌てた。こんな両側が雪の壁で、逃げようにないような場所で異常者と遭遇してしまったのだ。どうすればいいのだろうと悩んでいると、男は素早い動きで前方へと向かって駆け出して行ってしまった。

 もしかしたら夢か幻かと、俺は今見た光景を疑った。良く考えればこんな極寒の中、人が裸体で出歩ける筈も無い。俺は気を取り直し、歩き始める。だが、それは夢でも幻でもない事を知る。またしても遙か前方の街灯の下、同じ格好の男がこちらに背を向けて立っているのだ。

 近付けば逃げる。だがまた、次の街灯の下で俺を待ち構えている。そこでようやく俺は、それが人ではない事を理解する。だが向こうからは何もして来ない。ただ俺の前に現れて、逃げて行くだけ。何もして来ないなら問題はないだろうと足を進め、ようやく我が家の明かりが前方に見えて来た頃だ。次の街灯の下に、男の姿は無かった。

 少しだけ不安があった。ここまで俺の前を歩いて来て、突然消える訳はないだろうと。

 思わず振り返り、背後を見る。だが誰もいない。次にまた前方を見るが、やはり誰もいない。

 俺は、「今のうち」と思い、家までダッシュしようと考えた矢先。頭上からべたんと、濡れたタオルが俺の顔に掛かった。

 悲鳴を上げてそれを道路脇にはね除け、俺は家のドアを開ける。以降、そんな怪異には二度と遭遇する事は無かったのだが、春先、雪が溶けた後の道端に、黒ずんで丸まった白いタオルが落ちているのを、家の傍で見付けた。

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