#179 『家守(ヤモリ)』

 結婚して七年になるが、時折、嫁の持っている特技に助けられる事がある。

「あぁ、もうあの家死んでるねぇ」と、一緒に街中を歩いている時に、嫁からそんな言葉を聞く事がある。どう言う事かと聞けば、一匹も“家守(ヤモリ)”が見当たらない家なのだと言う。そんな家はもう既に死んでいて、あとはもう住民も離れて行くだけなのだそうな。

 もちろん彼女と同じ箇所を見ても、何の能力も持っていない僕には何も見えない。

 ある時、僕ら自身の引っ越しをする事となり、嫁と一緒に物件探しに出掛けた際、「おっ、当たりだね」と玄関を入る前から嫁がそう言っていたマンションの売り物件があった。何でも玄関先からうじゃうじゃとヤモリの姿が見えるらしく、僕としてはそれはそれで嫌な気分でもあった。

 だが、部屋に入って嫁の顔色が変った。何故か嫁の視線は常に上の方にあり、ろくに部屋の内部は見もせずに天井ばかりを眺めて歩き回っていた。

 そうしてうろうろとしながら、とある一室のドアを開けた瞬間だった。「あぁ、ここだ」と、嫁は天井を向きながら言う。どうしたと僕が問えば、「ここになんかある」と、嫁は不動産会社の人がいるのにも構わず天井の一画を指さしながらそう言った。

 嫁の説明では、ここの物件は“上からの侵入”に対し、ヤモリが大量に天井へと張り付いて、部屋を守っているのだと言う。そして嫁の指さす一画には、ヤモリ団子とでも言えばいいののだろうか、鈴なりになったヤモリがへばりついていたのだそうな。

「上の階って見られますか?」と、嫁が聞く。すると不動産会社の人は、上階は人が住んでいるし、管理している会社が違うので無理だと言う。

 部屋的には最高だが、上階が駄目だと嫁は言い、そこの部屋は諦めた。

 それから少しして、僕達は別の新居に落ち着いた。ある日の事、とあるマンションで殺人死体遺棄の報道が流れたのだが、住所や流れた映像的に、例のマンションである事が分かった。

 但し部屋の場所までは出て来なかったので、それが嫁の言う例の“上階”なのかまでは知らない。

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