#178 『308号室』
僕はとあるホテルの客室清掃員のアルバイトをしている。簡単に言えば、ラブホテルの清掃係だ。客が出て言った後の、情事の終わった部屋を片付けると言う、そんな仕事だ。
当ホテルには、一つだけ曰く付きの部屋がある。それはルームナンバー308号室。過去にそこで何があったのかは知らないが、何故かここの部屋だけには、奇妙な絶対的ルールが存在している。
一つ、単身利用のお客様には使わせてはならない。二つ、ここの清掃だけは二人以上で行う。――そんなルールだ。普段からあまりうるさい事を言わない支配人も、このルールだけは厳しいぐらいにうるさく言っていた。
ある日、若い女の子が求人を見てやって来た。しばらくは見習いと言う形で雇う事となったのだが、初日にその308号室の清掃へと向かった際に、事件は起きた。
清掃には僕とその女の子。そしてベテランの先輩である、Tさんと言う中年の主婦の人とで当たった。だが、部屋へと入って間もなく、新人の子がいきなり「気持ち悪い」と言い出し、その直後に激しく嘔吐した。Tさんが、「その子、外連れてって」と言うのでそれに従ったのだが、休憩室まで来て支配人に見付かり、「Tさんは?」と質問された。
しまった、一人きりにしてしまったと、その瞬間気付いた。それを察したか、支配人は慌ててその部屋へと急行する。僕もその後に続いたのだが、部屋で半狂乱になっているTさんを発見し、僕達は急いで彼女を部屋から連れ出した。そしてこれは、後日、そのTさんから聞いた話である。
僕と新人の子とで部屋を出て行った後、Tさんも「しまった、一人になってしまった」と気付いたのだが、何も起きそうになかったのでそのまま清掃を始めたらしい。
まずは床にぶち撒いた吐瀉物をどうにかしようと洗面室へと向かう。バケツに水を汲んでいると、背後の浴室の磨りガラスに人影が映った。髪の長い女性の裸体だったと言う。慌ててTさんは浴室のドアを開けるが誰もいない。さすがに怖くなったTさん、洗面室を出ようとドアノブを回すが、何故かドアは開かない。むしろドアノブも回らないのだ。
「出して!」と、叫ぶTさん。すぐに僕が戻って来てくれると信じていたのだが、なかなか戻る気配が無い。どうしようかと思っていると、今度はひとりでにドアノブが回り始める。誰かが向こうでドアを開けようとしているのだ。
慌ててノブを掴んで、ドアを押さえるTさん。だが力が強く、ドアをぐいぐいと押される。
Tさんは悲鳴をあげて僕の名前を呼んだらしいのだが、記憶はそこまで。確かに僕は部屋の中で僕を呼ぶTさんの姿を見たのだが、僕が見たのは洗面室の外側から、ドアを開けようとして頑張っているTさんの姿だった。しかも何故かその洗面室、中に誰かがいるのか、ドアを押すTさんに負けじと、ドアを押し返していたのだ。
Tさんと新人の子はすぐに仕事を辞めた。そして308号室は、未だ同じルールのままで使用されている。
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