#177 『放送室』

 私が中学生だった頃の話だ。なかなかに過疎った町の中学校だったので、全学年合わせて生徒数は百二十人ぐらいだったと記憶している。

 いつも通りに給食の時間となり、当番の放送委員の生徒達が、リクエストのあった流行歌を流し始める。途中、食事前の手洗いを勧める放送が入るのだが、その日の放送は少々違った。

 いつもは決まり切った文章を読み上げるだけのものなのだが、何故か教室のスピーカーから流れて来るのは不平不満を訴える女生徒の声。××の○○子はどうしただの、××の先生は○○だのと、悪口がダダ漏れて来ているのだ。

 皆は咄嗟に、放送されているのを知らずに放送委員が悪口を言い続けているのだろうと、突然のアクシデントに嬉々として耳を傾けたのだが、どうにもそこで出て来る生徒や先生の名前にはまるで心当たりが無い。どころかその背後で、生徒達数人が慌ててそのマイクを切ろうと必死になっている様子の声までもが聞こえて来るのだ。

 何があったのかは知らない。だが次の瞬間、隣の教室の先生が私達の教室へと飛び込んで来て、ウチの担任に声を掛ける。するとウチの担任の先生は、「やっぱりですか?」と立ち上がり、その先生と一緒に駆け出して行ってしまった。

 少しして、スピーカーからはただならぬ状況の声や音が混じる。女生徒達の悲鳴や、泣き叫ぶ声。そしてウチの担任の怒鳴り声。尚止まぬ謎の声の悪口。そしてノイズと、破壊音。やがて放送は止まった。

 続けて救急車が数台、けたたましいサイレンと共に校庭へと侵入して来る。どうやら運ばれたのは当番の放送委員の数名と、ウチの担任の先生だったらしい。学校は数日間、休校となったのだが、内容はまるで知らされなかった。

 その後、放送室は使用禁止となった。運ばれた生徒や担任も、翌週から復帰はしたが、当時何があったのかは全く教えてくれなかった。

 ただ一つ、あの瞬間、教室に飛び込んで来た先生が言った一言、「“アズミさん”が出ました」という言葉が、何度も思い返される。

 確かに当時の生徒の中には“アズミ”と読める名前の女子生徒は何人かいたが、その生徒達はまるでそれには関係していなかったように思える。

 怪談と呼んで良いものかどうか少々悩むような、そんなとある事件簿。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る