#175 『森で迷う』
一度、とある小さな森の中でとんでもない体験をした事がある。
大した事のない大きさの森だ。ひたすら平坦地だし、真ん中を突っ切っても問題無く一時間程度で抜けられる計算だった。だが、意外にもそんな森で遭難してしまったのだ。
どんどん陽が暮れ、終いには這っても歩けなさそうなぐらいに暗くなってようやく、僕はその森で野宿をする事に決めた。
テントを含む野営するような装備は何もして来なかった。むしろ照明の類いさえも持たず、食料も簡単につまめる程度のものばかり。要するに、完全に何もかも想定外の出来事だったのだ。
当然の事ながら一睡も出来ずに朝を迎えた。寒さと恐怖心で、一晩中震えながら過ごしたのだ。
朝日が昇り、少しだけ安心したその時だった。遙か向こうに朝日に照らされ、白い着物に赤い袴の、巫女さんのような人影を見た。良く良く目をこらせばその向こうには朱に輝く鳥居までもが見える。
良かった。僕はそう思い、ほとんど駆け足のようなスピードでそちらへと向かった。
だが、なかなか辿り着けない。距離が縮まって行く感覚が無い。まるで夢の中で駆けているかのようなもどかしさがあった。
それでもようやく巫女さんが立っていたであろう場所まで来れば、鳥居の先は深い窪地となっていて、更にその下には洞窟のような穴が空いていた。見ればさっきの巫女さんはその深い穴の奥の方を歩いていた。僕は大声で叫びながらその後を追う。
だが今度は、なかなか追いつけない。何故かその巫女さんとの距離はまるで縮まらず、気が付けば辺りはもう真っ暗な穴の中。振り向けば遙か上の方でぽっかりと穴の入り口が見えるだけ。そこでようやく僕は、これがただならぬ状況だと言う事に気が付いた。
足が震えた。特に腰が抜けているかのように力が入らないのが困った。それでもなんとか一歩一歩と足を進め、ようやく地上へと這い出た。
鳥居の前で何度も拝み、ここから出してくれと祈る。そうしてまた森へと踏み出せば、ものの数十分でそこを抜け、県道へと出る事が出来た。
あれから十数年が経ち、グーグルマップでその森を検索すると、確かに森の中にはそれらしき古い神社が表示される。だがそれは深い穴の中にある神社などではなく、単なる祠程度の大きさのものらしい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます