#172 『我が家にまつわる噂』
私は何故かエレベーター運がいい。どう言う訳か自宅マンションにあるエレベーターに乗る時だけ、幸運に見舞われるのだ。
帰宅時、マンションのエントランスへと向かえば、ほぼ毎日と言って良いほど、エレベーターは一階で停まっている。まぁ、エレベーターと言うものは自動的に一階へと戻るようになってはいるらしいので、そこまでは普通だろう。だが私の場合は、着いた時点で既にドアが開いているか、私がそこに到着した瞬間に開く事がままあるのだ。
ラッキー、今日も待たずに乗れたと自宅階のボタンを押す。そんな毎日だった。
ある時、友人を家に招いた。駅まで迎えに行った際、私のエレベーター運の良さを友人に話した。そしてエントランスへと到着すると、やはりいつも通りに目の前でドアがスルスルと開く。
「ね、凄いでしょう?」と私が自慢すると、友人はとても怪訝な目でエレベーターの操作ボタンの辺りを眺めている。
乗り込めば、友人はこれまたとても嫌な表情で奥の壁際に張り付く。「ねぇ、もしかして閉所恐怖症?」とか私はジョークを飛ばしたのだが、友人はしかめっつらで私を睨むだけ。
そして家の玄関先で私が鍵を取り出せば、突然友人が「待って!」と叫ぶ。何事かと思えばその友人、バッグからマッチの箱を取り出すと、二、三本まとめてシュッと火を点ける。たちまち辺りに硫黄の匂いが立ちこめる。友人はそれを左右に幾度も振りながら、「いいよ、開けて」と私に指示する。
開くと同時に、友人は私を押し込めるようにしてドアの中へと飛び込む。「ねぇ、どうしたのよ」と私は聞くが、友人は何も答えない。手探りで玄関のスイッチを探す。パッと、廊下側の電気が点き、リビングの方まで光が差し込める。――そして、友人の悲鳴。彼女はリビングの方を凝視しがら金切り声のような声を上げると、ドアを開けて飛び出し逃げて行った。
結局その友人とはそのまま疎遠になってしまったのだが、一年ほど経ち、その友人が流した私への悪口が聞こえて来た。
「あの子の家、隅から隅まで亡霊だらけだった」と。
失礼な人だと思った。逆に彼女とは疎遠になって良かったとすら感じた。
少しして私は付き合い始めた男性と一緒に暮らす事となり、結局そのマンションは引き払った。
「ねぇ」と、夕方、買い物帰りに彼氏が私に言う。「君と一緒だと、エレベーターがいつも待たずに済むんだけどさ」と、笑う。
「そうでしょう、私ってエレベーター運がいいんだ」と、私も笑い返す。
私の運の良さは、新居でも健在なようだ。
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