#171 『無人直売所』

 田舎のせいか、駅から家までの間にいくつかの野菜の無人直売所がある。

 家の軒先に粗末な台を設置し、そこに採れ立ての野菜や果物を置いて、購入した人が箱にお金を入れると言う単純なシステムだ。もちろんそこに売り子はいない。

 たまに私自身もそこで何かを買ったりする事がある。大体は季節のものばかりで、栗や梨、リンゴや蜜柑などだ。

 ある日の事、とある家の前の直売所で、野良着を着た中年の女性が、料金箱をひっくり返して困った顔をしていた。おおよそ察しは付くが、お金が盗まれたか品物の無断拝借かのどちらかだと思ったのだ。

「どうかされましたか?」と、思わず声を掛けてしまった。するとその女性、「箱のお金の計算が合わないのよ」と、想像通りの事を言って来た。だが、そこからが想定外だった。「どう見ても多いのよ」と。

 どうやら多いのは今日だけでは無いらしい。ここ数ヶ月、いつもそんな感じなのだと言う。

「多い分には困らないんだけど、なんだか悪い気がしてねぇ」と、その女性は困った顔をする。そんなの困るほどの話ではないではないかと、私はその時そう思った。

 しばらくして、その直売所の前を通り掛かると、品物を置いている台の上で何か白いものが動いているのが見えた。猫か何かが登って悪戯でもしているのかと思ったが、そうではない。

 見て、しばらくはそれが何か分からなかった。理解した瞬間、声にならない悲鳴が漏れた。それは台の後ろ側から伸びる細く長い腕。それがにょろにょろと動いて、ニンジンやらさつまいもやらと、品物を補充しているのだ。

 私は慌ててその台の後ろを覗き込んだ。瞬間、腕はまたにょろりと引っ込む。台の後ろは無人どころか何も無かった。

 ようやく私は理解した。料金を間違えて多く入ってしまっているのではなく、自動的に品物が増えているのだと言う事を。

 私は激しい嘔吐感で、近くの草むらの中でげぇげぇと吐いた。もしも私が買った物の中に、そうやって補充されたものがあったとしたら――と、考えてしまったからだ。

 今も毎日、そこの前は通る。もちろんそこで何かを買う事は二度と無い。

 今日も泥の付く、青々とした野菜が、その台の上に並べられている。

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