#163 『隣の廃工場』

 私の所属する部署の窓から、隣に立つ工場が見える。

 確か二十四年前に私がここに就職した際には、まだ稼働していた筈。だがあっと言う間に廃業し、その後何度か別の会社が入ったものの、どれも僅か一ヶ月足らずで出て行ってしまっている。要するに、過去二十数年間に渡り、ほぼ空き家な状態な工場なのである。

 だが時折、清掃や見回りが入っているのか、三階の事務室らしき部屋の窓に明かりが点いている時がある。半ばブラインドが降りているせいでハッキリとは見えないのだが、誰か人が歩いている様子もある。かなりの年月使われていないのに、そこを管理する会社は凄いものだと、私は密かに感心していた。

 ある日の事、たまたま外で煙草を吹かしていると、車で乗り付け、隣の空き工場へと入って行く男性の姿があった。

 男はすぐに出て来た。私は何の気なしに「お疲れ様です、精が出ますね」と声を掛けた。思った通りその男性は、そこの工場の管理会社の人だったらしい。

「ウチで管理しているとは言え、何十年も空き家な場所に入るのには少々勇気が要りますね」と笑う男性に、それでも時折清掃しているみたいなんだから、汚くはないでしょうと私は返す。男性は何故か不思議そうな顔をするので、たまに三階に照明が点いているのを見ている事を話すと、顔色が変った。

 もしも今後、同じように照明が点いている事があったら連絡くださいと、名刺を渡された。一応、受け取りはしたが、それから二日後にはその男性に連絡を取る羽目になっていた。

「今、まさに点いてますよ」言うと男性は簡単に礼を述べて電話を切る。それから間もなく、先日の男性ともう一人、車で来てその工場の中へと踏み込んで行った。

 二人はすぐに出て来た。慌てて車へと戻ると、そそくさと走り去って行く。私は仕事をしながら、何があったのかを聞いてみたい衝動に駆られたが、結局それは叶わなかった。

 やがてその工場の管理会社が変った。ドア横の“貸し工場”の看板が、別のものとなっていたのだ。

 今以てその工場を借りる人はいないが、まだ時折、三階の明かりが点いている事がある。

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