#160 『カセットテープ』

 昭和五十年代の頃の話である。

 高校時代、とある女子から突然に、思いがけないプレゼントをもらった。それはケースも何も無い粗末な安物のカセットペープ。見ればラベルには素っ気ない字で、「柊(ひいらぎ)」とだけあった。

「これ、誰の曲?」聞けばその女子は照れくさそうに、「聞けば分かる」とだけ言う。

 普段は寡黙で、どちらかと言えば地味で引っ込み思案なタイプの女性だったのだが、こんな思い切った事もするものなんだなと少しだけ意外に思った。

「なんで俺にくれるの?」聞けば「あんたに必要だと思ったんで」と、その子は言う。

 もしかして俺の事を好きなのかもとは思ったが、あえてその事は言わずにおいた。

 家に帰って聞いてみると、驚く事にそれはおそらく彼女自身が歌っているのだろうギターの弾き語りの曲だった。他で聞いた覚えの無い曲ばかりなので、もしかしたら彼女のオリジナルな曲かも知れない。派手ではないが、なかなか素敵な歌だと思った。

 その日から、そのテープを繰り返し聞くようになった。テープをくれた彼女とは時々顔を合わせるが、「私が歌ってるんだよ」と言う情報以外、そのテープの意味については何も教えてはくれなかった。

 やがて俺は大人になり、社会人となって仕事に忙殺する日々となる。それ以降も時折、その子にもらったテープを聞く事があった。聞けば何故か少しだけ気持ちが楽になるからだ。

 そうして何十年かが経ち、俺は家庭を持ち、子供にも恵まれた。

 ある日、子供がどこからかそのテープを見付けて俺の所まで持って来たのだ。あぁ久し振りだなと思いながらカセットデッキを引っ張り出し、久し振りにそれを聞いてみた。そして驚く。デッキのスピーカーから流れ出て来たのは、どこぞのお坊さんが読み上げているのだろう読経の声だった。

 俺は慌ててそれを寺に持ち込んだ。昔聞いていた曲が全てお経になってしまったと言う事を告げると、そこの住職は一度流して聞いてみてから、「最初からお経だったのでしょう」と答えた。

 そんな事は無いと俺が突っぱねると、住職は首を振り、「その子が、経の上に自分の声を重ねて録音したのだと思いますよ」と、笑う。

 それは住職さんの推理だが、当時に俺は何ものかに取り憑かれでもしていて、それを見かねた彼女がそんなテープを作って贈って寄越したのではないだろうかと言う。

 もう既にその彼女とは疎遠となり、連絡は取れないので真相は明らかには出来ないが、そのテープのタイトルの「柊」とは、「あなたを守って」と言う花言葉があるらしいと、俺は後で知る事となる。

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