#159 『少年』

 義理の姉に会いに、Y県まで出掛けた。

 姉は、私の兄の奥さんだった人だ。とても明るくさばさばとした性格の人でとても気持ち良く、兄と離婚してからもそれなりに交友は続いていたのだ。

 Y県へと引っ越してから、姉に会うのは初めてだった。私は地図を頼りに知らない街を歩いた。やがて戸建ての家が並ぶ住宅地へと出た。姉の家は奥まった角にある小さな一軒家だった。

 家の中は姉の趣味そのままで、全てが畳敷きの和室だった。かつてはリビングと呼ばれた場所だっただろう“居間”へと通され、昔ながらの座布団に座り、お茶を頂いた。開けた窓からは狭い裏庭が覗け、まだ背丈の小さな木々が何本か植わっている。そしてその庭は全て竹細工の塀が渡されており、とても風情があった。

 ふと、その塀の向こうを少年が通り抜けた。それに続いて後二人、後を追って男の子達が走り抜ける。追いかけっこでもしているのか、奇声を上げながら実に楽しそうである。

 ただ、遊ぶ場所が良くないだろうと思った。裏庭の塀の向こうは高台になっているらしく、少し小高い石垣で覆われている。しかも良く見れば少年達の走り去った場所は道ですらなく、蓋を渡していない剥き出しの水路なのだ。

 良くまぁこんな場所を走れるなと思っていれば、またしても少年達はその上を滑るように駆け抜けて行く。そうして三度目にそこを通り掛かるのを見て、私は「危ないよ」と注意をするつもりで窓へと顔をやった。――その時だった。

「やめときなさい。見て見ぬ振りしてなさいな」と、姉。

 どうして? 危ないじゃないと私が言えば、姉は笑いながら、「あなたの方が危ないわ」と言う。

 姉に案内され、裏庭へと出る。そして塀から外を覗いて驚いた。右を見ても左を見ても、どちらも水路は石垣で覆われており、ただその下を申し訳程度に水が流れているだけだった。要するに、少年達は入り口も出口もない空間を走り抜けていた事になる。

「あぁ言うのは声掛けちゃ駄目よ。関心がこっちに向いちゃうから」と、姉は言う。

 それ以降、少年達がその水路を走り回る姿は見ていない。

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