#158 『田園にて』
まだ飲酒運転の規制がとても緩かった時代。
ちょっとだけと言われて誘われた酒もいつしか酩酊状態となり、さすがにこれで捕まったら免停だなと自分でも感じるぐらいには酔っていた晩の事だった。
市街地は避け、勝手知ったる農道を抜けるコースを選んで、自宅へと車を走らせた。
周りは街灯の一つも無い、田んぼばかりの真っ暗な田園風景。見えるのはただ車のライトが照らす未舗装の農道だけ。
俺はとある地点で車を停めた。先程から感じる強烈な尿意のせいだ。エンジンは掛けっぱなしにして、俺は車を降りて何も無い田んぼに向かって放尿を始める。
ふと、遙か前方にうっすらとしたオレンジ色の光が見えた。最初は向こう側の街のどこかの家の明かりだと思ったのだが、どうにも違う。向こう側は山側なので建物は何も無い。しかもその明かり、比較的近い場所にあり、チカチカと瞬いているように見えるのだ。
明かりは、こちらへと向かってどんどん近付いて来ているように思える。しかもゆっくりだが確実に、俺の車の方へと向かっている。その瞬間、ぞっとした。辺りは一面の田んぼばかりなのだ。しかもまだ稲を張って間もない沼のような田んぼだけ。もしも自分が今感じている状況が正しいとするなら、向こうに見える明かりはその田んぼの上を浮遊するかのようにしてこちらへと向かっている事になる。
焦った。焦ったがどうにも小便が止まらない。だらだら、だらだらと、一向におさまる様子が無い。その内、その明かりの正体が何なのかに気付いた。あれは自転車のライトだ。何故ならばその揺れは小さいものだが、きぃきぃと遠くから聞こえるペダルだろう音に合わせて光りが左右に振れているのが分かったからだ。
誰かが、田んぼの上を自転車で走っている。それに気付いた瞬間だった。さっきまで聞こえていたきぃきぃと言うペダルの音は、突然、シャッシャッと言う軽快な音に変った。見れば明かりの振れも収まった。
その自転車は、猛スピードで俺に向かって走って来ている。
もう限界だった。おさまらない小便に構っている暇は無い。急いでファスナーを閉めて車に飛び乗る。そしてドアを閉めた瞬間に、ドン、ドンと二つ、車の屋根から重い音が響いた。
思った通り、運転席は漏らした小便でぐっしょりと湿っていた。後日、屋根を確認すると、そこには自転車のものだろうタイヤの跡が二つ、付いていた。
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