#157 『深夜三時のエンジン音』

 毎晩、午前三時になるとエンジンを吹かす若者がいる。

 暖気と言うやつである。従って冬場は結構長い。しかもその車と言うのが古いタイプのアメリカ車で、なかなかにしてうるさい。それを、僕が住んでいるマンションの隣の駐車場でやっているのだ。正直、近所迷惑そのものである。

 ただ、仕事は真面目なようで、毎晩午前三時となると必ず車に乗り込みどこかへと出掛けて行く。夜勤なのか早番なのか良く分からない時間帯だが、勤務時間も長いようで帰りはいつも夜の七時か八時ぐらいである。

 実際にその本人を見掛けた事が何度かある。決まって帰りの時だが、長い髪をバンダナでまとめて、何故かツナギのライダースーツを着ていた。まぁ要するに、そんな感じの若者な訳である。

 僕はライターと言う職業柄、午前三時は普通に起きている時刻である。逆に僕にとっては彼のエンジン音が聞こえて来たら、「そろそろ寝るか」と言う時刻。なのでほぼ毎日、彼の出勤と帰宅のエンジン音は聞いているのだ。

 ある晩、ちょっとした騒動が起きた。いつもの午前三時のエンジン音が聞こえて来て、それがすぐに止んだ。

「なんだよ、退いてくれよ。出られねぇじゃねぇか」と、外から声が聞こえて来る。おそらくその声の主はアメリカ車の若者だ。続いてバタンと、ドアの開閉音。

「だからなんだよ?」「関係ねぇじゃん」「てめぇ××すぞ」と、立て続けに若者の雑言が続く。瞬間、あぁ騒音の事で苦情を言いに行った人がいるなと察したが、聞いているとどんどんそうでもない感じの内容になって行く。

「だからそれはもう終わっただろ?」「俺はちゃんと話しは付けた」「もう後の事は向こうに聞いてくれ」――と、どうやら知人か友人が相手のようでもある。

 僕はちょっとだけ好奇心が湧いて、そっと窓から覗いてみようかとも思ったのだが、巻き込まれるのを恐れてそれはやめた。次第に声はエスカレートして行き、最後には「やめろっての!」と言う若者の大声と、車のドアの開閉音で終わった。静けさが戻ったのである。

 それから数時間も経たない内に、今度はまた外が騒がしくなった。パトカーと救急車である。しかもついさっきまで若者が騒いでいた辺りである。僕も跳ね起き、外へと飛び出す。あぁとうとうあの若者、刺されたかと思ったのだが、全然そうではなかった。全く別の車の別の人。その駐車場で練炭自殺を図ったらしい。そしていつ出て行ったのか、若者のアメリカ車はそこに無かった。

 あれから少し経つが、若者は相変わらず午前三時に暖機運転をした後、駐車場を出て行く。

 変った事があるとすれば、僕が窓から駐車場を覗けば、若者の車が停まっている辺りで、ぼんやりと立っているスーツ姿の男性の姿を見掛けると言う事ぐらいである。

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