#155~156 『騒音』

 半年付き合った彼女と一緒に住む事になった。

 お互い実家住みだったので、どこか部屋を借りる事にした。だが社会人二年目同士の僕らにとってはどの物件も手が出ないほど高く、とりあえずと言う事で築年数の古い安アパートを借りる事となった。

 コーポ○○、209号室。それが僕らの新居である。だが、入ってすぐにとんでもない騒動に巻き込まれる事となってしまった。

 引っ越しを終えて二日目の事。彼女と一緒にビールを飲みつつテレビを観ていると、突然隣の部屋の壁がドンと鳴る。実際、座っている僕らにまで振動が伝わるぐらいの衝撃だった。

「何事?」と彼女がつぶやく。すると今度は、その壁を何かで引っ掻くかのようなガリガリと言う音が響いて来た。

 隣は208号室。昨日、タオルを持って挨拶に伺った時にチラリとだけ顔を見たのだが、それは小太りで不潔そうな男性だった。男は「あぁ、どうも」とだけ言ってすぐにドアを閉めた。当然、印象はあまり良くない。

 壁を叩く音と、引っ掻く音は、連日続いた。良く良く聞けば、なにやらうめき声までもが聞こえる。正直これでは彼女と良いムードになる暇も無い。さすがに四日目の夜には限界が来て、僕は隣室のドアを叩いた。

 だが、応えは無い。誰も出て来ない。仕方なく僕はドア越しに、「壁、叩くのやめてもらえますか?」とだけ強く言い、部屋へと戻った。そしてその晩は確かに静かになったのだが、やはりまたその翌日からは同じような音が聞こえて来るようになった。

 それが半月も過ぎた頃、僕と彼女はほぼ毎日のように隣室のドアを叩くようになった。そうすると一応は静かになるからだ。だが、そんな対応が続いたある日、更にその隣――207号室のドアが開き、地味な印象の中年女性が顔を覗かせた。

「あの……すみません。なんか毎晩その部屋のドアに向かって叫んでいるようですけど、うるさいのでやめてもらっていいですかね」と、不機嫌そうな顔で言う。

 僕と彼女はそれに対して一応は謝ったものの、隣室から聞こえる毎晩の騒音に困っている事を話すと、その中年女性は、「そこ、空き室ですよ」と告げた。

 207号室の女性は、「そこ、空き家ですよ」と告げた。

 さすがにそれには言葉を失う。見れば確かに表札も無い。僕と彼女は再度頭を下げた後、慌てて部屋へと取って返した。

 翌、土曜日の休日。近所のコンビニに出掛けた彼女が、血相を変えて部屋へと飛び込んで来た。

「隣の幽霊が、今そこにいる!」と、彼女は玄関の方を指さして言う。僕は慌てて外へと出ると、確かに引っ越し初日に見た隣室の不潔そうな男性が、自室のドアの前にいた。しかもその男性、どう言う訳か自室のドアの前にしゃがみ込み、その両脇に盛り塩をしているではないか。

「あの……」と声を掛けると、「あぁ」と男性は僕の方を見て、「毎晩申し訳ありません」と告げた後、眼鏡を外してべそべそと泣き始める。さすがにそれは幽霊の取る行動じゃないよなぁと思いつつ、何があったのかを聞いてみると、男性は「良かったら」と部屋に招待してくれた。

 男の部屋は、本で溢れかえっていた。なんでも国家試験を受ける為の猛勉強中と言う事らしい。見ればその男がいつも座っているであろう場所の背中側の壁が、爪痕で大きく削り取られているのが見えた。

「やはり安いからと言って、事故物件に住むのは良く無いですね」と、男は言う。

 どうやら毎晩壁を引っ掻くのは、部屋で怪異が起こるかららしい。男は向かい側の壁を指さすと、「あそこから出て来るんです」と話す。その壁は、あの中年女性の住む207号室側だった。

 どうやら過去に、騒音が原因で隣室の住人とトラブルになり、ドアを開けない事に腹を立てて壁をぶち破り、殺害してしまったと言う事件がこの部屋で起こったらしい。見れば確かに、207号室側の壁だけは真新しく感じる。

 殺されたのが男性なのか女性なのかは聞かなかったが、察する所はあった。

 殺害場所が208号室だったので、そこだけが事故物件扱いになってはいるが、被害者は207号室の人だと言う。

 207号室は、その事件以降、ずっと空き家のままである。

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