#145 『開けてもらえますか』

 工場の敷地の裏手側に、いくつかマンホールの穴が開いている。

 休憩時間、何人かでその裏手の一画で煙草を吹かしていた時、ガンガンとマンホールの辺りから重い金属音が聞こえて来た。

 慌てて音のする辺りまで近寄ってみると、どうやら穴の中に誰かがいるらしい。下からハンマーか何かで、金属の蓋を叩いている様子だった。

「誰かいますか?」と、呼びかければ、「ここ、開けてもらえますか」と、中から微かな声でそう聞こえて来た。

 慌てた僕らは急いで事務所へと飛んで行き、内容を話してどうしたら良いのかを聞いてみた。すると工場長は至ってのんびりとした様子で、「そう言や、昨夜は凄い雨だったもんなぁ」と呟いた。

 僕らは工場長と一緒にその場所まで戻った。待機していた同僚達は、「まだここにいる」と、蓋を指さしてそう言った。

 工場長は手慣れた感じで蓋の留め金を外し、バールで蓋を跳ね上げた。――だが、中には誰もいない。どころかその穴の内部は奥行きもさほどではなく、人がひとりそこに閉じこもるには少々厳しいぐらいのスペースだったのだ。

「あぁ、やっぱり剥がれてる」と工場長はボヤき、どこからもらって来たのだろうか、大きく“封”と書かれたお札のようなものを取り出すと、その穴の壁面に数枚、糊で貼り付けた。

「時々ね、大雨なんかで流れちまうんだよ」と、工場長は笑う。

 それから十数年が経ち、僕も工場主任となった。時折、新人の子が慌てて僕の所へと飛んで来る事がある。

「マンホールから声がするんです!」

 大抵は、大雨の翌日である。

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