#142 『スケキヨ』

 昔から民間伝承系の話に興味があった私は、大学で民俗学のサークルに入った。

 かなりマイナーな印象のあるサークルなので部員は少ないと思っていたが、実際は想像していたよりも大人数で、私と似たような趣味の女の子も少なからず在籍していた。

 活動自体はそれほど活発ではない。時折、ファミレスなので長い時間を掛けてお互いの意見の交換をしたり、数ヶ月に一度のペースで自身の研究や論文などを発表する程度のものだ。

 私はなるべく時間を作って参加するようにはしていたのだが、いつもタイミング悪く、一度も会った事が無い部員がいた。名前は“スケキヨ”と言うらしく、「スケベなキヨシ」を省略化したニックネームだと言う。

 私が顔を出せないと出席し、私が来る時には欠席をしているらしく、顔こそ知らないが話の中に良く出て来る名前なので、いつの間にか勝手な想像でそのスケキヨ氏のイメージが私の中で出来上がってしまっていた。

 ある時、とうとうそのスケキヨ氏とご対面するチャンスが訪れた。とあるサークルの合同発表会にて、私とスケキヨ氏を含む数名が自身の論文を発表する事となったのだ。

 場所は学校近くの文化センター。控え室として小さな部屋を割り当てられたのだが、同じ部員の人達は会場のセッティングがあるので、私に荷物番として部屋に残って欲しいと言われた。

 一人で残るのはなんか心細いと告げると、「スケキヨも部屋に残るから」と、ほとんど無理矢理に留守番を押し付けられた。

 初対面の人と留守番ってのもなぁ――と、いささか憂鬱な気分で部屋のドアを開けると、そこには誰もおらず、皆の荷物だけが床に転がっている。

 まぁしょうがない。待つか。思いながら私は論文の用紙を取り出し、部屋で朗読の練習をする事にした。

 外は雨。時折、窓を打つ雨の音に驚きながらも、私はそのスケキヨ氏が来るのを待ち続けた。

 だが来ない。一向に来ない。本当にこの会場に来ているのかと思うぐらいに姿を見せないのだ。

 やがて部屋のドアが開く。来たかと思って振り返るが、そこに立っていたのは会場のセッテイングをしに行った他の部員達で、結局スケキヨ氏は現れなかったのだ。

 本番直前、部員である仲の良い友人に、「待ってる間、スケキヨと何しゃべってたの?」と聞かれた。私は素直に、「来なかったよ」と告げたが、「えぇ? 部屋に一緒にいたじゃない」と言い返される。また別の部員からは、「ずっとスケキヨの事、無視してたんだって?」と笑われた。

 良く分からない。とりあえず発表が終わったら皆で食事に行く事になっているのだから、その際に改めてその彼の事を探そうと思っていた。

 だが結局、今回もスケキヨ氏には会えず終いだった。突然、身内に不幸があったとかで発表の席にもいなかったし、当然その後に控えていた食事にも来なかったのだ。

 以降もサークル活動の中で彼と会う事は一度も無かったが、サークルで出した出版物には、いつも私の名前と並んで彼の名前がそこに記されていた。

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