#133 『漆黒と彼女』

 僕の恋人である彼女は、人の死を予兆する能力がある。

 例えば今、ファミレスで、ちらちらと隣を盗み見る彼女に、「何か見えるの?」と聞けば、「あの人」と、彼女はフォークの柄の部分で、四人で来ている中年女性の中の一人を指す。

「目が黒い。多分、持って半月ぐらいで死ぬよ」と、彼女は言う。どうやら人の目と口が黒ずんで見える場合、それは死の宣告となるらしい。

 ちなみに人の死の予兆が見えても、それは決して未然に防ごうとしてはいけないらしい。そうした場合には、その死が他の人に移るのだと言う。

 彼女ふいにトイレに立ち、戻って来るタイミングで驚きの表情を見せる。

「さっきと変わってる」と、例の中年女性を見て、彼女は言う。先程までは目が黒ずんでいるだけだったのに、今ではその目と口から、濃密な“漆黒”が流れ出ているのだと言う。彼女が言う、末期の予兆だ。

「変化が早いから、もう時間の問題だね」と彼女は言う。やがて中年女性達は席を離れ、店を出て行く。それから十数分の後、店の外がにわかに騒がしくなる。パトカーが店の前を通り過ぎ、近くで停まる。

「出よう」とうながされ会計を済ますと、通りの向こうの方で人だかりが出来ているのが分かる。

 だが彼女はそちらの方は見ずに、僕達の目の前をいかにも誰かが通り過ぎたかのように、何も無い空間を目で追うだけ。

「見えない方がいいよねぇ」と、彼女は独り言をいう。

 気の毒ではあるが、僕も「そうだね」と、頷いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る