#132 『老人と彼女』
僕が付き合っている彼女には、人の死を予兆する能力があるらしい。
なんでも死期が近付いている人は、目や口内が黒ずんで見えると言う。しかも末期ともあるとその目や口から、濃厚な“漆黒”が固まった霧のようになって流れ出て来るらしい。
実際に彼女は今までにも、何十人と言う人の死を予兆して来たと言う。その中でも一人、実に風変わりな生き方をした老人の話を聞く事が出来た。
その老人は、もう既に痴呆症が入っているのか、いつも家の縁側か、庭先の椅子に腰掛け、ぼーっとしているだけだった。
彼女はいつも学校の行き帰りで、その老人の姿を見ていた。ある日、老人の異変に気が付く。目が黒ずんで見えたのだ。
あぁ、もうそろそろなんだなと思った。やがて老人の両目と口から、例の“漆黒”が流れ出て来るのも、それほど遅くはなかった。
持って、後二日か三日。彼女はそう思っていたのだが、老人はなかなか気丈夫に毎日を生きている。さすがにそれが一週間を過ぎた頃、「私の能力も外れる事がある」と言う事を、彼女は学んだ。
それから半月ほど経ったある日、その老人の家の前を通り掛かると、衝撃的な場面に遭遇してしまった。老人に寄り添うようにして縁側に腰掛ける老婦人。おそらくはその老人の奥さんなのだろうその人は、目と口から流れ出て来る老人の“漆黒”を、一生懸命にタオルで拭き取り、それを我が身に押し当てていたのだ。
一瞬で理解した。どうして老人が亡くならなかったのかと言う事と、その老婦人も自分と同じ能力を持っている事を。
少ししてその家の前に供花と、告別式の案内の看板が立てられた。亡くなられた人の名前は女性名だった。
家の前を通り過ぎ、縁側を見れば、そこには悲しそうな顔をした老人が一人、座っていた。
もうそこには、漆黒の影は見付からなかった。
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