#129 『守護霊的ななにか』

「肝を冷やしましたな」と、耳元でささやかれる。

 これで何度目になるか分からない。気が付けば、物心付く前からだったに違いない。僕の身に何か危険な事が起こりそうになる度に、その声は聞こえて来た。――肝を冷やしましたな、と。

 生来、気が強くて無茶ばかりするタイプだった。だが不思議と、怪我らしき怪我をした事が無い。例えば骨折して当然だろうと言うぐらいの高い所から飛び降りても無事。急な坂道を自転車で猛スピードで駆け下り、曲がりきれずにガードレールに直撃しても平気。上級生数人相手に大立ち回りをしても、かすり傷程度で済んでいた。

 俺はそれを、自分自身の持つ強運だと信じ込んでいた。したがって、その度に耳元でささやかれる、「肝を冷やしましたな」と言う声は、全て無視していたのだ。

 高校になると無鉄砲さは更に加速した。バイクを乗り回し、狭い道をどれだけのスピードで駆け抜けられるかでスリルを楽しんでいた。バイクは二度も大破させたが、俺自身はいつも無傷だった。

 十八になってすぐに車の免許を取った。無断で親父の車を乗り回し、公道を百二十キロ近い猛スピードで走り回らせていた。

 ある時、車道を渡る子供を危うく轢きそうになった。いや、実際には轢いていてもおかしくない状況だった。車はハンドルを取られて民家の塀に突っ込んで大破したのだが、その時も俺は無傷だったし、轢いたなと観念した子供は歩道に倒れていて、これもまた無事だったのだ。

 だがその瞬間、確かに聞いた。「もう無理ですなぁ」と言う声を。

 それから間もなく、俺は車椅子生活となった。原因は他愛もない事で、自転車でコケ、悪いタイミングで両足を道端の側溝に落としたと言うだけ。それで複雑骨折。今後、自立して歩くのは困難でしょうとまで言われた。

 以降、もう二度と耳元でささやいてくれる声は、聞こえて来る事が無かった。

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