#124 『相席』

「相席、お願いしても宜しいですか?」

 思わず買ったばかりの小説を読むのに夢中で、いつの間にか店内が混雑している事に気が付かなかったのだ。

 目の前に氷の入ったお冷やが置かれる。極力、前に座るであろう人の事を気にしないように、再び読書に戻る。だが不思議と、その席には誰も座らない。相席をお願いされてそれは無いだろうとも思ったが、邪魔がいないのは幸いとばかりに私は本に没頭した。

 本を読み終える。目の前のグラスの氷は既に溶けきっており、どれだけの時間が経っていたのかが何となく分かった。私は本を閉じ、店を出ようと会計の紙片を探すがテーブルのどこにも見当たらない。レジまで行ってその事を告げると、レジ打ちの女性は「お支払いは、お連れ様が済ませております」と言う。妙な勘違いもあるものだと思いながらも、私は未払いのまま店を出た。

 それ以降、そんな感じの場面に遭遇する事が多くなった。関連するのは常に、「もう一人の誰か」が、私の傍らにいると言う印象の強い出来事。

 ある日の事、私は実家の母に呼び出された。なんだか最近夢見が悪い。いつもあんたが夢に出て来てロクな事にならない結末を迎えるのだとか言われる。お互いの都合の良い中間地点の店で落ち合う。そして私が席に着いた途端、「やけに趣味の悪い彼氏連れて来たね」と、母に言われた。

「男の趣味に口出す事はしたくないけど、私はコイツの態度が気に食わない」と、私の隣を指さす。ついでに「それに年齢離れ過ぎじゃない。これじゃあジジィと孫娘よ」と言いながら母はバッグから粗塩を取り出し、いつも通りに私の横に置かれたグラスにそれを放り込む。グラスに指を突っ込み暴力的にそれを混ぜると、濡れた手でテーブルの上に何かの模様を描く。昔から良く見た、母の浄霊術だ。

 帰り際、「強引に破談にしちゃってごめんね」と、母に謝られた。

 もっと若い年相応なのにしときなさいとか言われたが、出来れば生きてるか死んでるかの違いで反対して欲しかったものだと、私は思った。

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