#122 『ボール』

 気が付けば、私の真横をボールが転がって行くのだ。

 いつ頃からだったのだろう。外で歩いている時に限っての事なのだが、私と並走するようにしてボールが転がり、追い越して行く。

 それは野球のボールだったり、サッカーボールだったりと様々だが、かなり頻繁にそんな現象が起こる。だが大抵は転がした原因がいて、そのボールの後を追い掛けて拾う子供の姿があったりするのだが――

 ある日の事、路地を抜けて大通りへと出ようと歩いていた時だ。黄色いゴムボールが私の横を通り抜けて行く。

 咄嗟に目が行った。そのボールに、アヒルの絵が描いてあった。瞬時に想像が働く。この後に飛び出て行ってボールを拾うのは幼い子供だと。

 慌てて振り向く。同時に横を走り抜けて行くのは五歳ぐらいの男の子。

 通りをこちらに向かって走って来る軽トラ。信号機の無い交差点。きっとそれは僅かコンマ数秒の出来事だっただろう。私は飛び付くようにしてその子を抱きしめる。

 急ブレーキに、背後から母親だろう人の悲鳴。跳ね飛ぶゴムボールに、泣き出す男の子。鼻先をかすめて目の前を通過し、停止する軽トラ。本当に僅か一瞬の出来事だった。

 結果、男の子を助ける事が出来た。その時に思った。もしかしたら今までの既視感的な出来事は、今日の為の予行演習だったのではないだろうかと。

 夜、私はほんの少しの満足感を持ちながら“一人で”テレビを眺めてビールを飲んでいた。

 途端、私の目の前を小さなカラーボールが転がって行った。

 その瞬間に理解した。今日助けた男の子は、私の怪異にはまるで関係が無かった事を。

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