#116 『大きく✕の付いた見取り図』
内見案内の段階で奇妙な物件だと思った。見取り図にある大きな×の付いた部屋。実際にはそんな部屋などどこにも無くて、あるのは“かつて部屋だっただろう”と言う、隠蔽された名残だけの部屋の壁。
「この部屋って、どうやって入るんですか?」と言う質問に、不動産会社の人間はただ一言、「どうやっても入れません」だった。要するに、“開かずの間”が標準装備されていると言う、そんな物件と言う訳だ。
但し、事故物件ではないし、怪異のようなものも起きないと言う言葉を信じ、僕は妻と相談した結果、破格のその家を購入してしまった。
住み心地は、なかなかのものだった。少々辺鄙な場所にあると言う事を除けば、快適そのものな家だった。だが時々、その“どこからも入れない部屋”の事を想い出しては眉をひそめる。何もなくても、やはりその存在だけはいつまで経っても気になるのだ。
ある日、旧友が家に遊びに来た。友人は僕が語るその開かずの間にとても興味を持ったらしく、塞がれた壁の辺りをうろつき回っては拳でそれを叩いて回った。
「これ、嵌め込み式の壁だ。解体しようと思えば簡単に出来るぞ」と、友人。
最初は僕も妻も嫌がったが、友人の熱意に押され、結局壁の解体をお願いしてしまった。
確かに壁自体は簡単な構造だった。壁紙を剥がしてしまえば素人にも解体は可能で、内装工事をしている友人にとっては大した作業でも無さそうだった。
やがてそこから現れたのは、襖と、そこに無造作に張り巡らされたガムテープ。そしてそこに書かれた経文に、大量のお札(おふだ)だった。
一見して分かる。もうそこには誰も入れないと言うあからさまな意志が。結局その様子を見た僕達はその中に踏み込もうとはせず、再び壁で埋めてしまった。
見なくて良かったと思った。もしもあそこを開けて中を見てしまったなら、もうここには住めないだろうと言う確信さえあった。
「ねぇ、あの襖さぁ、誰かが入らないようにしているって言うよりは、そこから“何か”を出さないようにしていたんじゃないかなぁ」と、妻。
僕もそう思った。
隠蔽された部屋は今も健在である。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます