#107~108 『呪い返し』
駅まで向かう道筋に、裏路地ばかりで形成された飲み屋街がある。その中に一軒、間口の狭い古書店が建っている。
普段は前を通り過ぎるだけなのだが、ある日、友人との待ち合わせが長引きそうな予感があり、思わずその古書店でミステリー系の本を一冊購入したのだった。
さて、その本。全く知らない作家名なのだが思いのほか面白く、帰宅してからも続きが気になって仕方がなかった。夕食後すぐに部屋へとこもり、ページをめくる。ふと、とあるページで指が止まる。開いたページに、妙な栞(しおり)が挟んであったからだ。
赤と黒の、毛筆書きの絵と文字。かなり薄い和紙で出来ていて、一見すればなんだかお札(おふだ)のようにも見える。
「そうねぇ、これはお札だねぇ」確認のために見せに行った祖母も、私と同じ意見だった。
「何で本の間にこんな物が挟まってる訳?」聞けば祖母は、「良くわからんけどねぇ」と前置きし、「意味があるんだろうから、また同じページにそれ戻しておきなさいね」と付け加えた。私は分かったと軽はずみな返事はしたが、既にもう本は読み終わっており、栞自体もあの後どこかへと消えてしまったのか、本に戻した記憶が無い。
翌日、アルバイトも終えて家へと帰ると、どうも家の中の様子がおかしい。玄関を開けるとそこには母と妹が呆然と立ち尽くしており、父は四つん這いになって階段の下から、上を覗き込んでいる。
「どうしたの?」私が聞けば、母はやけに狼狽した表情で、「わけが分からないの」と答えた。特に父のうろたえぶりは凄くて、私に気付くなり「お前は何をやったんだ?」と咎め口調で言い、更には「早くおばあちゃんの所に行きなさい」と、階段の上を指さす。
二階へ上がり自室の襖を開ければ、祖母はそこにいた。驚く事に、祖母は今までどこに隠していたのか、白鞘の日本刀を抜き身で握り締め、部屋の中央で仁王立ちをしていた。
「あんた、ばあちゃんの言った通りにせんかったね!」
生まれて初めて聞く、祖母の怒号だった。私は一瞬、刀で斬られるか刺されるかされると思ったのだが、どうやらそうではないらしい。祖母は一体なんのまじないか、刀の先で空中に何かを書くような素振りでずっと経のような何かをつぶやき続けている。
「ねぇ、おばあちゃん、一体何があったの?」
聞けば祖母はそれには答えず、「昨日の本と、お札を出しなさい」と言う。
私は慌てて、本棚にしまった筈の本を探すが……無い。確かに棚の一画に挟んだ記憶はあるのだが、どこを探しても見当たらないのだ。
「迂闊だったわ。離してはいけんやつだったみたいだねぇ」言うと祖母は、「今日はあんたらどこか泊まり!」と階段の上からそう叫び、私以外の全員を外に追い出すと、私だけは五角形に置かれた盛り塩の真ん中に座らされ、部屋に閉じ込められた。
何で私がこんな目に遭わなきゃいけないのよと、べそべそとしていると、家のどこかで激しい物音がする。部屋の外では祖母が待機してくれているのだろう、「来おった」と声が聞こえる。一体、襖の向こう側では何か行われているのだろう、終始ドタバタと凄い音がする。
やがて襖が開いた。祖母は「獲った」と、刀で貫いた例の本を私に見せる。そしてその本のカバーを外せば、そこにはびっしりと毛筆の字が書き込まれていた。
「呪詛(じゅそ)だね。お前は呪われていたんだよ」と、祖母は笑う。どうやら本の間に挟まっていたお札が引き金だったようだ。結局、あれを抜き取った時点で呪いは完成していたらしい。
「呪いは返った。もう大丈夫」祖母は言う。翌日、事情を聞きに祖母と古書店へと行くがあいにく開いておらず、それから一週間ほどシャッターが降りっぱなしの状態が続いた。やがて“店主急逝につき”と張り紙がされ、オーナーが亡くなった事を知る。
「呪いは返ったんだよ」と言う祖母の言葉が思い出される。だが私には、そこの店主に呪われるほどの覚えはまるで無い。
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