#100 『自動車修理工』

 記念すべき百話目なので、筆者自身の体験談を記す事にする。

 僕が十九歳の時だ。既に営業をしていない自動車修理工場に、単身住み着いた事がある。

 但し、不法侵入ではない。タダ同然だったが立派に僕自身が借り受けた賃貸物件であった。

 だが、以前のままの荷物や備品がそのままに置かれており、一見すれば単なる廃屋である。借りて住んでいるとはいえ、とても怖かった事を覚えている。

 敷地面積はかなりの広さだった。工場内部も大きいが、事務所や応接室もなかなかのもので、一人で暮らすにはとても不便であった。なので僕は生活の場をロッカールームだけに絞り、そこで寝泊まりを続けた。なにしろそこにはトイレと、シャワー室と、簡易的なキッチンがあり、住居として使用するには最適で、その上内部と外部とで施錠が出来る唯一の場所でもあったからだ。

 主にその工場は、仕事終わりに風呂と仮眠の目的で帰るだけである。なにせその工場は不穏な物音が激しかった。工場からは金属音。事務室からは人の話し声。時には誰かが走る靴音や、壁を蹴る音、どこかのドアを開閉する音などがひっきりなしに聞こえて来る場所だった為、とてもではないが安心して寝ていられるようなものでは無かったのだ。

 ある日、帰るとそこには浮浪者が一人いた。どうやら割れた窓から侵入して来たらしい。

 一応、ここは自分の家だと主張する。だが浮浪者は一晩でいいから泊めて欲しいと言う。なら、ロッカールームだけは俺の住居なので、他の場所ならいても良いと条件を出した。

 その晩、夜更けにその浮浪者のものだろう悲鳴が聞こえた。浮浪者はすぐにロッカールームの前へと飛んで来て、開けてくれとドアを叩く。当然僕は断ると返し、嫌なら出て行けとまで言った。そして浮浪者は僕の指示通り、夜の内に消えた。

 それから少しして、工場に暴走族が大挙して押し寄せた。表の敷地内に多くの排気音が轟いて来た時は、さすがに僕も生きた心地がしなかった。

 大勢で工場内部を歩き回っている音がする。笑い声も聞こえたし、色んなものを破壊して回っているのだろう、やけに暴力的な音も聞こえた。

 やがて誰かがロッカールームに辿り着く。表で「ここ開かねぇぞ」と話しているのを聞き、僕は絶望的な気持ちになった。もしもここのドアをぶち破られたら、普通にただでは済まないだろう想像は出来たからだ。

 だが、異変が起きた。どこからか悲鳴が聞こえ、ロッカールームの周囲でもざわざわと落ち着かない声が交差する。

「どうした?」、「なんかあったのか?」と、不安そうな声が聞こえ、やがてそれは悲鳴や「逃げろ!」の大声に変わった。

 そこでようやく僕自身も、「これは住む場所じゃない」と言う結論に達し、夜明けと同時に、「もうここ返すから」と、大家に電話をした。

 僕が出て言ったすぐ後、工場はリフォームが入り、どこぞの自然食品の倉庫兼工場となったのだが、半年も持たずに閉店し、その後はずっと廃屋のままだったと言う。

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