#94~95 『土着信仰 おおわしろ』

 民間伝承の中に山に鏡を持ち込むなと言うものがあるが、我が地方ではその逆だ。どんなものを忘れても、鏡だけは必ず持って行かなければならないと言われるほど、当たり前の習わしとなっていた。

 山には、“おおわしろ”と呼ばれる、神でも鬼でもないもっと別の異形が棲むと噂されていた。

 そのおおわしろとは、とても醜い姿形をしており、自身もそれを見られたくないらしく、常に人の背後から近付いては襲い掛かっては、臓物を食い漁ると言う。

 もし山で背後に何者かの気配や視線を感じたり、物音がした場合、すぐに鏡を取り出し背後を確認しながら下山せよと伝えられる。私もそれに習って山へと分け入る時には、必ず大きめの鏡を一つ、持参していた。

 あるとき、山ガールと言うものが流行った。ご多分に漏れず私の友人にもそれに乗った者が何人かいた。だが恐らく今までは山などに入った経験など無かったのだろう、どこからか私が山に詳しいと聞いて、簡単なコースを案内しろと言い出して来た。

 私はいつも通りに「鏡を持参しろ」と強く忠告したのだが、言われた通りに持って来た者は一人しかいなかった。当然私は、「なら今日は登らない」と断固拒否したのだが、逆に私がわがままだと罵られ、仕方なく山とも丘とも呼べる程度の辺りまで行って帰って来る事にした。

 だが、私の見通しはとても甘かった。女子だけの数名の人数で麓辺りを越えた辺りで、急に辺りの雰囲気が変わり始めたのだ。それはなんとも言えない息苦しさで、ねっとりと濃密な視線をどこからか感じる、とても不快な雰囲気だった。

 我が地方の習わしに、地元の山に登る際には必ず“鏡”を持参しろと言うものがある。だが、私の友人達はその習わしを守るものが一人しかいなかった。

 木々が鳴る。少し上には風が吹いているのだろう。私は適当な辺りまで来て引き返そうと思っていたのだが、友人達にはその奇妙な空気感が伝わっていないのか、私の先導も無しでどんどん先へと進んで行ってしまう。

「もうここまでにしよう」私の意見はことごとく無視され、「こんな所で帰っちゃったら山ガールとしてのプライドが傷付く」などと訳の分からない事を言い、とうとうルートまで外れての強行を始めた。

「いい加減にして。あまり山をナメないで」言うものの、多勢に無勢。中にはうざいからあんただけ帰れとまで言い出す者もいた。

 仕方が無いので、私はその友人達に“おおわしろ”の存在と対処の方法だけを教えて、一人下山する事に決めた。

 翌日、山へと向かった全員がまだ下山していない事を知る。すぐに捜索隊が出され、一人を除く全員が山の頂上付近で保護されたと聞く。

 帰って来なかった一人と言うのは、何故か私の言う事を聞いて鏡を持参した彼女だった。

 それから一ヶ月ほどして、ほぼ白骨化した彼女の遺体が見付かる。何故かその彼女は登った木の上にいたらしく、何があったのかはまるで分かっていない。

 ちなみに“おおわしろ”とは、“大倭代”と書き、かつて倭国の民とも呼ばれた存在の子孫ではないかとも伝えられている。

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