#91 『天邪鬼』

 あまのじゃくで、なかなか性格のねじ曲がった神様がいる。

 ウチの地元の笹丘(ささおか)と呼ばれる小高い山に住むとされる神様が、まさにそれだ。地元民が神への供物を持って山へと向かうも、肝心の祠がどこにも見付からない。仕方なく供物を適当な場所に置いて帰れば、翌日にはすっかりと無くなっている。

 かと言って、祠自体が存在していないと言う訳ではない。山菜を採りに山へと登ると、どこからかひょっこりと祠が現れると言うのだ。なかなかのへそ曲がりな神である。

 ある春先の日の事、私は蕨(わらび)を採りに丘へと向かった。ふと、視界の端に何かが見え振り返れば、そこには白っぽい服装の女性が一人、木陰の中でうずくまっていた。

「出たか!」と私は慌てたのだが、どうやらそうではなかったらしい。女性は胸の前で手を合わせたまま顔を上げ、私の方を向いた。どうやらその女性は、山中で祠を見付け、軽く掃除をした後で手を合わせていたのだと言う。

「この祠は、地元では有名な“幻の祠”なんですよ」と教えると、女性は「それはそれは御拝見出来て光栄でした」と笑った。

 たまたま遠方よりこの辺りまで観光に来たと言うその女性、宿を取っていないと言うので我が家へと招待した。私は多少の下心が無かった訳ではないが、普段ならば一人で食わないようなご馳走を振る舞い、地元の酒を勧めた。するとその女性はまるで遠慮をしない性格か、出すもの出すもの全てを平らげる。酒の方もうわばみかと思うぐらいに強く、あっと言う間に一升の瓶が空になる。私は「酒、買って来ようか」と皮肉っぽく言えば、急いで買って来てくれと女性は答える。

 とんでもない女を招き入れてしまったものだと思いつつ、家を出る前にちらりと女性を見れば、その女は酒のコップを傾けつつ、「こんしょくだばし」と、私を見て笑った。

 帰って見ると、既に女性はいない。家中を見て回ったがやはりどこにもいない。どころか、つい先程買って来たばかりの酒の瓶までもが無くなっている。いよいよおかしい事になったと私は思った。

 翌日、もしやと思って笹丘の山へと登った。山中にやけに真新しい空の酒瓶が落ちているなと思い拾い上げると、間違いなく昨夜、私が買って来たあの一升瓶だった。

 そう言えば最近、地元の誰もが祠に供物をしていないなと思い出す。なかなかに天邪鬼な催促に仕方だなと私は思った。

 後で聞いた話では、「こんしょくだばし」とは、方言で「好色だな」と言う意味らしく、要するに私は、「助平」と罵られたと言う事らしい。

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