#88 『家族』
長年、警察官をやっていると、時々奇妙な出来事に出くわす。
ある晩の当直時に、田村E子と名乗る中年女性が、「家族を探して欲しい」と署を訪ねて来た。住所を聞くと、確かにそこに家は存在するが、長年空き家であるそんな場所であった。
事情を聞けばそのE子と言う女性は、家族内で刃傷事件が発生して、慌てて逃げ出して来たのだと言う。どうやら夫と息子とが喧嘩になって、息子の方が刃物を持ち出し家族を切りつけ始めたらしい。
「私は怖くなって、怪我を負った夫と娘を連れて車で逃げました」と、E子。だが途中で夫と娘ともはぐれてしまい、家へと帰ったら誰もいない。どうか家族を探して欲しい。それが彼女の訴えだった。
彼女の言う家は廃屋ではあるのだが、一応と思い、同僚と一緒にその家へと車を走らせ確認をしに行った。だがもう既にその空き家は倒壊が始まっており、とても深夜に内部へと足を踏み入れられる状態ではなかった。
署に戻ると、E子の調書に当たった同僚が、「妙な話なんですが」と話し掛けて来た。彼女の言う家は、元は確かに田村と言う一家が住んでいた家だったらしい。しかもその家で家族の二人が殺され、そこから数キロ離れた場所で、更に家族二名が遺体で見付かったのだと言う。
家で亡くなったのは祖母と十歳になる長女。そして車の事故で亡くなったのは、家で二人を殺したであろう世帯主である夫の容疑者S氏であり、その妻であるE子もまた、運転席で亡くなっていた。後部座席には長男であろうF彦が乗っていた痕跡があったが、事故後は行方不明であると言う。
「E子は長男が切りつけたと話しているが、二人を殺害したのはS氏となっているのか?」と、俺は聞く。
「そうですね、実際に刃物からはSの指紋が検出されています」
「ならどうして、妻と息子はS氏と一緒に逃げたんだ?」
「それは分かりませんが――この事件、既に三十五年も前の話ですよ」
明け方近く、俺はE子に、息子さん以外はもう全員亡くなっていると告げた。E子は呆然としながら立ち上がると、ふらふらと署を出て行こうとしていた。
「どこへ?」
「F彦を……探しに」
それがE子との最後の会話だった。俺はその背に、「もうあなた自身も亡くなっている」とは、到底切り出せなかった。
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