#84 『山城先生』
学校の保健室に、若い女の先生が入ったと聞いた。その日の午後、体育館に全生徒が集められ、その先生の紹介が行われた。
新任の先生の名前は“山城”と言った。下の名前も聞いた筈だが、僕の頭には入って来なかった。なにしろその先生の背後には灰色掛かった白くて細い巨人が立っていて、僕の意識はそっちにしか無かったからだ。
その巨人は不定形な人型のアメーバみたいな印象の存在で、何故かしきりと僕の方に向けて指をさしているように見える。しかもその巨人の向けた指先を辿るかのように、時折その先生も僕の方をちらりと見ているように感じた。
その日から、僕は徹底してその先生を避けた。だがある日、不運にも体育でかなり運の悪い転び方をして、保健室へと運び込まれる次第となった。
山城先生は保健室にいた。そしてその背後にはやはり巨人もいた。巨人は相変わらず僕の方を指さして、何かを教えているような仕草をする。
担任が保健室を後にし、とうとう僕と山城先生、そして巨人の三人だけとなった。すると巨人は手を伸ばして僕を捕まえようとする。それを、「駄目よ」と山城先生は制止し、薄く微笑みながら、「何も見えないよねぇ?」と、僕に聞いて来た。後にも先にも、山城先生との個人的なエピソードはそれが最後だった。
それから十数年後。ある時、「山城」と名乗る女性から電話が入った。思い当たる人物は一人しかいないが、やはりそれはあの巨人を従えた山城先生本人で、どうしても急ぎで逢いたいとの事だった。
彼女は驚くほど老けていた。当時の年齢から数えてもまだ四十代半ばの筈なのだが、白髪と言いその肌の衰え具合と言い、それはまるで老婆そのものだった。
「単刀直入に言うわ」と前置きし、山城先生は、この子(巨人の事だと思う)を僕に預けたいと切り出した。
僕は考える間もなく断った。だが先生はのらりくらりと話を引き延ばし、しきりと「重宝するのよ?」と、微笑む。
結局、断固としてそれを断り家路に付いたが、それから間もなく彼女の訃報を耳にした。
行く来は無かったが、当時の同級生達から誘われて仕方なく先生の告別式へと向かう。
するとはやり、あの巨人はいた。何故か僕よりもずっと年若い青年の隣にいて、しきりと僕を指さして、その青年に何かを伝えている様子だった。
青年は振り返り、僕の方を見る。遠くて聞こえはしないが、「何も見えてないよね?」と、微笑んだ唇が動いているように見えた。
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