#82 『六文銭』
小さい頃から勉強が大嫌いだったせいで、中学卒業と同時に早々と社会人となった。
勤め先は、石材屋。石に関する事なら何でもこなす、石職人の仕事だ。
主立った仕事としては、墓石の製造や納骨時の蓋の開け閉めなどがある。死人は満遍なく出るので、仕事で困る事はまるで無いと聞き、そこに決めた次第だ。
僕には同期がいた。名前をN君と言う。彼もまた中卒の同い年で、就職理由もほぼ同じ。なので僕とはそこそこにウマが合った。
その日は墓石の設置の仕事が数件入っており、朝から大忙しだった。事件はその日の仕事の三件目に起きた。どうにもN君の動きがぎこちなく、体力の要る仕事だと言うのにまるで覇気が無い。どうしたものだろうと思っていると、N君は「足が熱い」と言い出した。見れば彼の履いているニッカポッカの右太ももの辺りが黒ずんで見えた。
その場でN君はズボンを脱がされた。見れば彼の太ももはべったりと血糊で染まっている。だが何故か彼は、痛いとは言わず、「熱い」と主張するのだ。
タオルで拭う。するとそこには深く食い込んだ爪痕があった。しかもそれは縦に引っ掻いた傷ではなく、握りつぶすようにして付けられた五本の指の跡だった。
更に言うとその爪痕の真ん中には円形の赤い跡がいくつかあり、どうやらそれは火傷のようらしい。彼が言う「熱い」の原因は分かった。
だが、どうしてもその爪痕と火傷の跡の説明が付かない。どうしたものかと思っていると、N君は「もしかして」と、脱いだズボンのポケットをまさぐった。
中からは四角い穴が開いた古銭が六枚。これはどうしたのだと先輩が聞けば、一つ前の墓石設置の際に、隣の墓石に置いてあったこの古銭を見付け、思わず持ち帰ってしまったのだと言う。
傷の場所は、合っていた。右のポケットに入れたのならば確かにその辺りと言う位置に、爪痕と火傷の傷はあった。
すぐに現場を取って返して、古銭は元の場所に収められた。
N君の傷はなんとか塞がったが、爪痕と火傷の痕跡は今も生々しく残っている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます