#81 『万福』

 休日の朝、リビングにて妻が笑い声を上げていた。何事かと行ってみると、テーブルの上に散らばったチラシの中に一枚、妙なものが混じっていたのだ。

“中華料理 万福”と書かれた一枚のチラシ。どうやら妻はそれを見て笑っている様子だった。

 確かにそれは笑えた。今のご時世にそれは無いだろうと思えるぐらいにそのチラシは陳腐で、全て鉛筆で描いた手書きなのだろう、店名に、中華っぽいイラスト、そしてその下に書かれた「チャーハン一皿サービス」と、フキダシ付きで描かれた中華料理人のような格好の人物。どれを見てもあまりにも幼稚なイメージがあり、思わず失笑してしまうのも無理はなかった。

 翌日も、新聞受けにそのチラシは入っていた。今度は「ラーメン一杯サービス」で、その翌日は「餃子一皿サービス」だった。

 四日目、「ここ、一度行ってみない?」と妻が言うので、その日の朝に来ていた「かに玉サービス」のチラシを持って外へと出掛けた。だが、その住所通りに向かってもそれらしき店はどこにも無い。困って近隣の住民だろう人に聞いてみると、「多分あそこかなぁ」と、具体的な場所を教えてくれた。

 行けばそこは、途中に赤いカラーコーンで封鎖されている裏路地の一画だった。見上げれば頭上には、“○○銀座”と言う看板が立っている。かつてはスナックか居酒屋であっただろう何軒かの廃屋を過ぎ、その突き当たりに問題の店はあった。もうかなり古びてはいるが、万福と書かれた看板は見える。

 既にそこは十数年前から営業はしていないだろう廃屋だった。僕と妻は不快感を残しながらそこを立ち去った。

 それからも時々、その店からの招待券が届いている。近所の人にその事を聞くが、どうやらそのチラシが届いているのは、ウチだけのようである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る