#80 『レイコ』
「明日、レイコって人と会うんだ」と、友人のTから話を持ち掛けられた。
元より僕と同じで彼女どころか女友達もいないTの事だ。わざと「ナンパしたのか?」と聞けば、Tはかなり困った顔をして「結果としてはそうなのかな」と語った。
「レイコです、迎えに来ました」と、街中でそう声を掛けられたのだと言う。それがあまりにも綺麗な人だったので思わずTは、「どう言う意味なのか教えて」と、とうとう返事をしてしまった。
「とうとうってどう言う意味だよ」と聞けば、どうやらTは今までにも数回、同じ事があったらしい。不思議と数年毎に「レイコです」と話し掛けて来る女性が現れるそうで、しかもそれはいつも違う人。大体自分と同じぐらいの年齢の、知らない女性なのだと言う。
「今まではずっと無視して来たんだけど、またしてもかと思い、ついつい返事しちゃったんだよ」とTは話す。その上で、明日は僕にも付いて来て欲しいとTは言った。
翌日、結局僕もそれには立ち会った。待ち合わせ場所はとある喫茶店。本当にそんな人いるのかと半信半疑で向かえば、店内で手を振る女性が一人。確かにかなり綺麗な女性だった。
僕には紹介程度で、後は終始、そのレイコと言う女性とTだけで話が進んだ。どう言う訳か昨日今日逢った雰囲気ではなく、あの店がどうたら、どこそこの料理がなんたらと、既に何年も付き合っていただろうぐらいの親しさで会話は弾んでおり、居心地の悪くなった僕は、「用事があるから」と、すぐに退散した。流石に悪いとでも思ったのか、支払いはTがすると言うので、僕はそのまま店を出た。
それからと言うもの、Tとの連絡は完全に途絶えた。やがて家族から捜索願いが出されたが、まるで手がかりは見付からず、結局僕自身も、あの店で逢ったのがTとの最後となった。
それから少しして、僕は個人的にTを探す事とし、まずは最後にTと逢った例の喫茶店へと向かった。するとそこの店主は不機嫌な顔で僕を迎え、「そんな人は知らん」と言う。だがその当日、僕が来た事だけは覚えているらしく、「あの時の飲食代、払ってもらえる?」と、逆に聞かれた。どうやらその当日、この店に来たのは僕一人だけだったらしい。つまり僕はあの時、無銭飲食をしてしまったようなのだ。
それっきり、Tの痕跡は掴めていない。
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