#78 『用水路』
近所にとても血生臭い場所がある。その集落の高台にある一画に、用水路が辻のように上下二本で交わる場所があるのだが、そこが常に生き血の匂いで溢れているのである。
当時私は小学生だったので「血生臭い」と言う言葉は使わなかったが、代わりに「魚屋さんの匂い」と言っていた。だが私以外にその匂いを感じる者はいなかった様子で、私のその意見は誰も聞いてはくれなかったのを覚えている。
ある日、家にいてもその匂いが漂って来た。もしかしたらと家を飛び出し高台へと行ってみると、やはり悪習の根源はそこだった。
用水路の前には、白い襦袢を羽織った老婆が一人立っていた。私が鼻をつまんで近付くと、「お前も匂うか」と老婆は振り向く。そして老婆は、「わたしは入って行けぬが、お前さんなら小さいから行けよう。頼まれてくれんか」と、私にお札を一枚手渡した。そして老婆は、その用水路の一番奥、家と家の狭間にある細い隙間を上まで辿り、その一番奥にこれを貼って来いと言う。
私は迷わずお札を受け取り、奥まで進んだ。当時は身体も小さかったが、それでも両側から競り立つコンクリの壁に腕をこすり、かすり傷を負ったぐらいだった。
一番奥には水がちょろちょろとこぼれ出る、土管の丸い穴があった。私はその真上にしっかりとお札を貼り付け、戻った。だがすでに老婆はどこにもいなかった。
それから十数年が経ち、私も社会人となっていた。
ある日、たまたま急用で実家へと戻ると、あの血生臭い匂いが集落全体を覆っていた。私は慌てて例の場所へと向かえば、そこには十数年前と同じ格好の老婆が立っていた。
「あん時の娘さんかい?」と老婆は尋ねる。私が頷けば、「大きくなったねぇ」とゆっくり笑い、「もう流石に応急処置は効かない。お前さんも早く家を出るといい」と言う。
私は、家族もろとも引っ越しをする旨を伝えれば、それは良かったと老婆は頷き、家と家の隙間に無理矢理割って入って行った。
流石にそれは無理だろうと私は止めようとしたが、不思議と老婆はするすると奥まで進んで行き、そして例の土管の中へとすっぽりもぐり込んでしまった。
集落は数年を待たずに廃村となり、今ではそこそこ有名な心霊スポットとして知られている。
但し、あの老婆が吸い込まれて行った例の用水路は、未だどこにも紹介はされていない。
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