#76 『ホームの桜』
私の家からの一番の最寄りの駅は、かつて桜の名所だった。
駅のホームに立ち外を眺めると、そこからはホームの端から端を越え、そしてその先まで続く桜並木が見えた。普段は単なる街路樹そのものだが、春先になれば誰もが圧倒されて言葉を失う、壮大な風景を見る事が出来たのだ。
私にはカメラと言う趣味は無かったのだけれど、一度その風景を撮りたいと思い、新品のものを購入した。当然初心者なので上手くは撮れなかったが、それ以降は度々、カメラを持ち出しては色んな場所を写して回っていた。
ある夏も終わり掛けの頃だ。いつも通りに駅へと赴き、ホームへと立つ。のんびりとベンチに腰掛け、今日も暑いなと汗をぬぐったその時だった。ぶわーっと柔らかで冷たい風が通り抜けたかと思った刹那、私の目の前をあふれんばかりな桜吹雪が通り過ぎて行った。
「えっ?」と、思わず声に出た。だがその一瞬後には、桜吹雪どころか花びらの一つもそこには無く、いつも通りな日差しの白い、残暑の朝の風景が広がっているだけだった。
だが、きっとそれは幻ではなかった。見ればホームに立っている他の人々までもが自らの目を疑うような仕草をしていたからだ。
それから一ヶ月後。暑さも弱まって来たある日、その桜並木は全て切り払われ、半年を待たずに広い道路となって生まれ変わっていた。
今でも思う。あれはきっと、自分を愛でてくれた人々への最後の挨拶だったのだろうと。
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