#69 『ボイラー』

 私がまだボイラー技士として働き始めた頃、とある家庭用ボイラーの修理を依頼され、そのお宅へと向かった。

 では拝見させていただきますと、その装置のカバーを外した所、目の前に一本の足があった。

 それは完全に男性の足だった。すね毛がみっしりと生えた色黒の太い足だ。私はそれを悪戯か目の錯覚だと思い込み、邪魔だなとばかりにその足の甲へと触れた。――その瞬間だった。足はびくんと震え、次の瞬間には跳ねるようにして天井側へと消えて行った。

 私は顔を突っ込んでその足を探すが、もはやどこにも見当たらない。やはり錯覚だったかと思い込んだが、触れた掌には生きた人のものだろう体温が感じられた。

 それから二十数年後。私は所帯を持ち、二人もの子供に恵まれた。

 ある日の朝、床暖房が故障したと聞き、床板を外して中を覗き込んだ。故障の原因はすぐに分かった。私はパンツ一丁のまま足を突っ込み、直そうと屈んだ瞬間だった。

 足の甲に何かが触れた。私は慌てて足を引っ込めるが、床下には小型のボイラーがあるだけで、人の隠れるスペースは無い。だが確実に、私の足の甲に触れたのは、生きた人のものだろう体温が感じられた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る