#66 『廃車』

 登山の魅力にハマった間もなくの頃。無茶して登った山で遭難した。

 大雑把だが、迷ったのは山頂付近だったと思う。完全に登山道から外れてしまい、生い茂った原生林の中で登るも下るも躊躇うぐらいの状況だった。

 やがて陽が傾き始めた。もはやこの森の中で野宿になるだろうなと覚悟を決めた頃、木々の中に廃車を見付けた。

 僕は急いでその車へと駆け寄る。幸運にも車のドアは開いていた。しかもさほど古い型式の車ではない。車内も荒らされていないのが嬉しかった。今夜の寝床は確保したと、安堵したぐらいだった。

 翌朝は、すっかり陽が昇った頃に目が覚めた。今日こそは登山道へと戻ろうと頑張ったのだが、結局はその日も無理だった。だが幸いにも、昨夜泊まった廃車の元までは戻る事が出来た。

 結局僕は、その廃車の中で三夜を過ごした。四日目、当たりを付けたルートでなんとか麓まで下山出来た。

 思った通り、家族からは捜索願いが出ていた。戻れはしたものの、かなり強く怒られた事を覚えている。

 その後、地元の捜索隊にどこにいたのかを聞かれたのだが、話しても全く内容が噛み合わない。僕が迷っていた付近は捜索もしたし、迷うほどそんなに険しい山道でもないと言う。

 しかも一番噛み合わなかったのは僕が寝泊まりした廃車の事で、その山は三合目辺りまでしか車で入れる道は無く、そんな場所に廃車があるのはおかしいと言う事。

 だがしかし、僕がその車にいたのは事実なのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る