#64 『河童』

 信州の実家に、祖父母が暮らしている。時々、両親と一緒にその実家へと帰る事があるのだが、その家の裏手に河童が出ると噂される沼があった。

 何度か子供が溺れた事がある沼だと言うので、当時から悪戯好きだった俺は、当然のようにその沼へと近付く事を禁止されていた。

 だが、行くなと言われると行きたくなるものだ。ある日、虫取りに行くと嘘を言ってその沼へと向かった。

 周囲が木々に囲まれた、薄暗い沼だった。俺は本当に河童がいるのかを確かめたくて、手近にあった小石を拾い、次々と沼の中心めがけて放り込んだ。

 何度かそんな事をしている内に、異変が起こった。投げ込んだ時に聞こえる、「ちゃぽん」と言う水の音がしなくなったのだ。

 以降、何度投げ込んでも同じだった。沼の中心はちょうど木陰で全く何も見えないのだが、何故か水の波紋も見当たらない。いよいよ不思議に思った俺は、両手で抱えられるぐらいの大きな石を拾い上げ、全力でそれを沼めがけて投げ込んだ。

 今度こそ、水の音は聞こえた。ざぷんと言う激しい音と共に、水しぶきまでもが飛んで来た。

 何故か、「俺の勝ちだ」と言う満足感もあり、帰ろうとした矢先だった。振り向いた俺の足下に、どんと言う鈍い音と共に大きな石が転がった。それは先程、俺が投げ込んだ石にとても似ていた。

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