#61 『真夜中の動物園』
園の飼育員として就職し、半月ほど経った日の事だ。ベテランの先輩と一緒に、初の当直を任される事となった。
「大丈夫。余程の事が無い限り、ずっと仮眠しているだけでいいから」と、普段はやたらと厳しい事ばかり言う先輩も、その時ばかりは優しく笑いながらそう言ってくれた。
「但し」と、先輩は付け加える。「時折、緊急事態は発生する。だがそれに対処するかどうかは俺が判断するので、勝手な真似はしないように」と。
その夜は、何事もなく更けて行った。零時を過ぎた辺りでテレビを観ているのにも飽き、先にいびきをかいている先輩と同様、僕も仮眠を取る事にした。――その時だった。
ブザーが鳴る。瞬時に先輩は飛び起き、モニターの前へと移る。その素早さは驚くべきほどだった。
だが不思議にも、先輩はスピーカーの電源だけを入れ、園内を監視しているモニターだけは映さない。どうしてだろうと思っていると、異常を知らせている辺りの園内マイクが奇妙な吠え声を拾っていた。
それは鳥類の檻が並ぶコーナー付近で、騒ぐ鳥達の悲鳴に混じり、獣とも人とも判別が出来ない、今までに聞いた事のないような吠え声が聞こえる。
「先輩これ……」僕の質問に、人差し指を口に当て、「静かに」と合図する先輩。
やがて先輩の下した判断は、「見回り確認不要」だった。
確実に緊急事態だと言うのに、おかしな判断だと思ったのだが、先輩の顔つきがいつも通りの厳しいものに変わっていたので、僕は逆らわずに従った。
翌朝、鳥類のコーナーのぬかるみに、人でも猿でもないだろう裸足の足跡が付いているのを発見した。今以て、その夜の一件については何も教わっていない。
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