#54 『遺影』

 昔、父はプロのカメラマンをしていたそうだ。

 プロとは言っても仕事は主に七五三やお宮参り等の撮影だったらしく、繁忙期と暇な時期はかなり極端だったそうである。

 だが年中来る仕事はあった。それはいわゆる遺影と言うもの。但しそれもかなり特殊なもので、遺影を撮影すると言うよりは、亡くなった方の写真を切り取り、いかにも喪服を着たように加工をすると言う仕事だったらしい。

 ある時、とんでもない遺影の撮影をお願いされた。それはとある老婦人の亡骸で、遺影を撮って欲しいとの事。なんでも生前の写真は手元に一枚もなく、なんとか遺体の写真で誤魔化せないかと言う依頼だった。

 嫌だったが、父はそれを引き受けた。なるべく鼻と口に含ませた脱脂綿を写さないように工夫をし、何枚かを撮影して家路に付いた。

 夜、それを現像して驚いた。ご遺体は確かに目を瞑っていたにも関わらず、父の撮った写真は誤魔化しようもないぐらいにはっきりと目が見開かれていたのだ。

 疲れている。今日は寝ようと、写真は現像室に吊したままにしておいたそうだが、翌朝になって見ればさらにそれは驚くものになっていた。なにしろその遺体の老婦人は、目を開けているどころかうっすらと笑顔まで浮かべ始めていたからだ。

 すぐに父はその仕事を手放した。同業の人に現像した写真と撮影費をそのまま手渡して、丸投げしたのだ。

 後日、後味の悪さにその老婦人の告別式に父は少しだけ顔を出す事にした。

 驚いた――祭壇の上の遺影は、心から嬉しいと笑っているかのような、くしゃくしゃの笑顔の老婦人が写っていたと言う。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る