#51 『山ガール』
とある山の中腹に、某妖怪の名前を冠した無人の神社がある。
それなりに有名な神社ではあるのだが、そこに行き着くまでに橋の無い川を渡らねばならず、とんでもない悪路のためにさほど多くの登山客は訪れない、穴場スポットであるのだ。
その日、僕はカメラと水筒だけを持ってその神社へと向かった。もはやこれは参拝と言うよりは登山だなと思いつつ、最難関の川の傍まで辿り着く。
確かに、橋の存在していない川だった。但し渡れない訳でもない。目の前に小さな滝があり、その真上には大きな岩がいくつか連なっていて、飛んで渡れば向こう岸には辿り着く。だが安全を守るべき措置は何も無く、もしも足を踏み外したなら滝の下まで落下する事となるのだ。
一人だし危ないかなぁと悩んでいると、いつの間に来ていたのだろうか、いかにも“山ガール”と呼んで差し支えなさそうな服装の若い女子が、「お先にいいですか?」と、身軽にぴょんぴょんとその岩場を渡って行ったのだ。
あっけに取られていると、「見てますから頑張って」と、向こう岸から声を掛けて来る。後には引けなくなった僕は、意を決して飛んだ。
そうしてその山ガールは僕が到着するのを待って、「行きましょうか」と先に登り始める。僕もまた「そうだね」と彼女の後を追うが、女性はとんでもなく身軽で、まるで山の獣かなにかのようにするするとその山道を登って行くのだ。
追い付くどころか、見失わずに目で追うのが精一杯だった。女性はあっと言う間に遙か遠くの人となり、僕は息を切らせながらようやく神社へと辿り着く。
だが、その女性はいなかった。他に降りるルートなど無さそうなのに、辿り着いた先にはいなかったのだ。
不思議な事もあるものだと、参拝を済ませて下山する。もうすぐまた川が見えて来るだろうと言った辺りで、背後から声が聞こえて来た。
「おぉさきにぃ~いいで~すかぁ~」
物凄い勢いで僕の真横を走り抜けて行く、先程の山ガール。しかもそれは身軽とか言うレベルのものではなく、後ろ向きのまま数メートルもジャンプをしつつ、上空から僕を見下しつつ一瞬で山を駆け下りて行ったのだ。
そこで祀られている本尊は、天狗である。
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