#46 『見えてますよね?』

 私は、片道一時間半と言う電車に揺られて、毎日会社へと通っている。

 自宅は県を一つ跨いだ場所にあるのだが、いつもその帰りの電車で、嫌なものを見てしまう。

 それはとある地点にある高架橋の脇の街灯で、いつもそこに背広姿の男性がこちらを向いて立っている、そんな姿。

 確実に、生身の人間ではないと言う事だけは分かる。なにしろ高架橋の上に人が立てる訳もなく、しかもそれは休む事なく毎日で、とても悪戯で出来るような事ではない。

 私はなるべくその存在に気付かない振りをしているのだが、どうしてもその地点へと差し掛かろうとすると、自然に視線がそちらへと向いてしまう。

 一度もその男性の顔をハッキリと見た事はないのだが、うっかりすると視線が合ってしまいそうで、気が気では無い。

 ある晩の事。いつもより遅い電車で家路についたのだが、いつも通りに例の地点で自然と視線が窓の外へと向いてしまう。

「おや?」と思った。何故かその日は少しだけ様子が違った。その街灯の下に、男の姿が無かったのだ。

 不思議な事もあるもんだ。幽霊もサボったりするんだな。などと思いながら視線でその地点を追い掛け、そこを通り過ぎると同時に顔だけで後ろを振り返る。

「やはり見えてますよね?」と、後部座席の人から声を掛けられる。

 私は、怖くて視線を合わせる事が出来なかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る