#44 『歩道橋の足跡』

 家から仕事場まで行く道中、とても意味不明な歩道橋がある。

 片側は川。そしてもう片側はジャングルのように木々が鬱蒼と茂る林。その両方が金網フェンスで沿道から仕切られていて、それが延々数キロに及ぶ程に長い道路があるのだが、問題の歩道橋はその道路の中程に存在していた。

 まず、周囲に民家が無い。従ってそんな歩道橋を利用する人がいるとは考えにくい。ついでに言うとその道に沿う歩道は、林側にしか無い。川沿いを歩こうと思えば可能ではあるだろうが、わざわざそんな事をする人もいそうに無い。

 更に言えばその歩道橋、普通に利用しようと思ったならば、まず不可能な場所にあった。なにしろ歩道の出入り口たる階段は、歩道より向こう側。つまりフェンスの向こう側にしか無いのだ。つまり、歩道をあるく人には利用不可能な歩道橋なのだ。

 僕はそれまで、やけに馬鹿げたものを作ったものだと呆れていただけだったのだが、ある時、その歩道を利用出来る絶好のチャンスに恵まれた。小学生の息子と、川遊びをしていた時だった。もっと上流へと行きたいと言うので河川敷沿いに散歩をしていると、例の歩道橋が目に入った。

 今ならばこの歩道橋を渡って向こうへと行ける。そんな事を思っていると、息子もまたそれに関心を持ったか、「登ってみたい」と言い出したのだ。

 登ってみるとなかなかに見晴らしの良い高さだった。上から見下ろす街も面白いものだなと思っていると、息子が何やら妙な事に気付いたらしい。

「ねぇ、お父さん。この人達、みんな裸足だよ」

 そう言って指さすのは、歩道の上の床部分。最初は僕も、やけに泥だらけで汚いなとは思っていたのだが、よくよく見ればそこに付いた足跡は全て、泥にまみれた裸足の足跡ばかりだったのだ。

 更に言えばついさっき付いたばかりにも見える、まだ黒々とした土の足跡まである。僕は慌てて息子を連れて川へと降りた。さっきは気付かなかったが、確かにその河川敷にも、裸足で踏んだ泥のへこみがあちこちに見受けられた。

 後で知った事だが、あの歩道橋が出来る前まで、あの場所には多くの車のスリップ跡が付いていたらしい。

 意味の無い歩道橋ではなかったのである。

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