#37 『山小屋の話・壱』
秋登山。とある中級者向けのコースに挑戦していた時の事。
時間通りに目的の山小屋へと到着し、夕刻頃より晩の食事の準備に取り掛かった。
その山小屋には七輪があった。おかげで火を起こし、湯を取る事が出来た。
山の夜は早い。しかも日々、陽の落ちるのが早くなっている。夕餉を取る頃にはすっかり闇夜となっていた。
時刻はまだ19時を少し回った辺り。孤独に火を見ながら退屈だなと思っていると、いつの間にそこにいたのだろう、“もう一人”の存在が、火を挟んだ反対側にあった。
男性だと、僕は直感した。両手で膝を抱え、僕と同じように火を見ているのが分かった。
だが僕はそれに気付かない振りをする。当然、顔は見ない。極めて平静を装い、我慢して火の番を努めた。
だが次第にそんな状況にも慣れて来るもので、二時間もそうしていただろうか、もう大概寝てもいいだろうと寝袋の準備をし、そそくさと横になる。
静かな夜だった。全く物音はしない。時折、火の爆ぜる音が聞こえる程度で、他は全く何も無い。そこへ――
「明日は尾根沿いの道は辿るな」
と、背中に投げ掛けられた。僕はそれに反応は返さず、黙って眠りについた。
翌朝、その声の通りにするつもりは無かったが、なんとなく嫌な予感がして、若干遠回りなコースで道を急いだ。
帰ってから知った事だが、尾根沿いのコースは崩れて通れなくなったらしい。
山で擦れ違う人は、生死に関わらず仲間なんだなと感じた一瞬だった。
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