#35 『豆まき』
当時、私が小学校四年生ぐらいだったと思う。両親二人と、妹と弟。計五人で埼玉県の某所にある公団住宅、いわゆる団地と言う所に住んでいた。
それは節分の日だった。両親は遠方から来た叔母と話し込んでいて、私達兄弟は升一杯の炒り豆をそれぞれ持たされ、「好きに撒いていい」と、ほったらかされていた。
さほど大きくはなかったが、それでも3LDKの間取りの団地だった。私達は各部屋を回って好き放題に豆を撒いて回っていた。
突然、一番下の弟の姿が見えなくなった。どうしたのだろうと探して回ると、弟は両親の寝室にいた。弟いわく、その部屋の押し入れの襖(ふすま)に向かって豆を投げつけると、中から何かの声が聞こえるのだと言う。
試しに私が投げてみた。すると本当に押し入れの中から、「オウゥゥゥゥ」と、何者かのうなり声が聞こえて来たのだ。
「鬼だ!」と、妹。そして私達は三人で、その鬼を祓おうと試みた。
まずは私が押し入れの前に立つ。襖を開ける役目だ。そして妹と弟は豆を持ってその後ろで待機。私が開けると同時に、豆をぶつける役目だ。
いっせいのせ! で、襖は開けられた。見ればその押し入れの下だけ、異様な暗さの空間が広がっていたのだ。咄嗟に私はそこに鬼がいると確信した。もちろん妹も弟もそうだったのだろう、豆は一斉にその暗い空間に向かって投げつけられた。
空間から、咆哮がほとばしった。まるでそれは獣か怪獣のようだった。その鳴き声は押し入れの全てを破壊し、ついには天井までぶちやぶって上の方へと逃げて行った。
だが実際には何も壊れてはいないのだ。ただ吠え声と破壊音だけが轟き、それが上階の方へと飛んで行く。同時に開け放たれた窓から、上に住んでいる人達のものだろう悲鳴が聞こえて来た。
結局、上の階の人はすぐに引っ越しをしたそうで、一体何があったのかはまるで知らない。
そして家の押し入れはやはりどこも壊れてはおらず、下の謎の空間には、布団がぎゅうぎゅうに押し込まれているだけであった。
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